最終年度に当たる令和元年度は、一昨年度末に開催した国際コロキウム「Autorschaft und Autorkonzept(作者性と作者コンセプト)」での研究発表および討論の成果を受けて、ドイツ中世英雄叙事詩、とりわけ中世後期の英雄叙事詩関連テクストにおける歴史意識の研究を継続して行った。その成果の一部を、2019年度日本独文学会春季研究発表会シンポジウム「フラグメントの諸相―文化的実践としての」において「「歴史」の断片―ドイツ英雄叙事詩のフラグメント性」と題した口頭発表にて報告した。 本研究課題は、中世英雄叙事詩の持ち得る歴史性/真実性/虚構性に関する中世盛期から後期までの変遷を、テクストの作者性という視点を導入して通時的に検証し、2010年代以来ドイツ中世研究の主要な論点の一つとなっている、英雄叙事詩の歴史性に関する同時代的認識の再検討を行うものであった。その成果として、作品素材となった口誦の英雄譚の有する、文化的記憶との直接的接続を通して保証される歴史性とは異なり、中世盛期の英雄叙事詩は、特定の歴史意識を持つ個的な作者の影響下に入り、救済史や帝国史など、中世盛期に正当性を有した特定の歴史構造に組み込まれ、その一部としての歴史性を与えられたことを明らかとした。そして、その歴史的真実性に関しての保証は、口誦の英雄譚とは異なり、聖書やその物語に作者性を発揮した聖職者を通し、あらゆる事物に作者性を有する神に求めらていたとの推測を行った。中世後期に英雄叙事詩は、登場人物の名前や物語の舞台となる地名といった要素を通して既知の歴史や現実世界とのつながりは保ちつつも、現在に至るまで直接的に連続する歴史構造の外に置かるようになり、英雄に関しての物語自体はむしろ虚構に接近しているとの仮説を立てた。今後、これらの成果を論文の形で公表してゆく予定である。
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