研究課題/領域番号 |
16K16805
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研究機関 | 京都市立芸術大学 |
研究代表者 |
中村 翠 京都市立芸術大学, 美術学部/美術研究科, 講師 (00706301)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 仏文学 / 自然主義文学 / アダプテーション / 予告 / 布石 / ゾラ / 翻案 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的は、文学をもとにしたアダプテーション(翻案)作品において、受け手の興味を惹きつける語りの手法がどのように再構築されるのかを考察することである。そうした手法のなかでも、初読時にサスペンスを引き起こす「予告」、再読行為を促す「布石」に注目し、異なるジャンル間で比較分析を行う。2016年度は、以下二点の研究成果を発表した。 国際シンポジウムの開催地として広く知られるフランスのスリジー=ラ=サル(Cerisy-la-Salle)で、6月23日~30日にかけておこなわれたシンポジウム「21世紀にゾラを読む Lire Zola au XXIe siecle」に参加した。この研究発表で、エミール・ゾラ(1840~1902)が演出家ウィリアム・ビュスナクに協力して舞台化した『ナナ』の台本をとりあげ、予告の手法が翻案にあたって大きく改変された事実、またそれにともなって受容される物語の性質が変化した事実を、書簡等の資料をもとに解き明かした。後日、この研究の内容を論文として執筆し、シンポジウムの論文集に投稿した。 また、AIZEN国際ゾラ自然主義文学会の発行する学術誌 『Excavatio』に、研究論文「"L'annonce" et "l'amorce" chez Zola : Madeleine, du theatre au roman」が掲載された。本論文では、ゾラが自身の演劇作品『マドレーヌ』(1865)を書き直した小説『マドレーヌ・フェラ』(1868)を扱い、演劇から小説への翻案というこの珍しい例において、ジャンルの変更にともなう予告および布石の用いられ方の変化を分析した。 さらに長期休業期間中に渡仏し、国立図書館やゾラ・センター等で草稿を含む資料調査を行い、生成研究をスタートさせた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記のように、2016年度は国際的な学術研究の場で2件の発表成果をあげたが、これらは交付申請書作成時に設定した初年度の計画であり、当初の目標を達成したことになる。以上により、自然主義文学作家ゾラのアダプテーション作品における、異なるジャンルの鑑賞形態に即した語りの戦略を解明した。 なお、これらは自然主義文学の同時代における翻案についての研究成果であったが、それと平行して、現代における自然主義文学のアダプテーション作品の状況についても調査を行うことができた。 近年になっても自然主義文学の他ジャンルへの翻案はとどまるところを知らず、なお求心力が衰えていない。ゾラの『テレーズ・ラカン』にいたっては、2014年に英国ロンドンでミュージカル化された他、2015年には米国ブロードウェイでキーラ・ナイトレイ主演の舞台となり、また日本では越川道夫監督により『アレノ』と題して映画化された。2016年度にも、ロンドンで舞台化された他、日本では谷賢一脚本『テレーズとローラン』が舞台公演されている。 本課題研究者は、これらいくつかの翻案作品の上演に足を運び実見するだけでなく、アダプテーションにおける語りの手法をテーマにレビューを執筆し、文化・学術系サイト(Pretexte : Jean-Jacques Rousseau)へ投稿した他(http://pretexte-jean-jacques-rousseau.org/?page=pg04a_160415165327)、地人会新社による舞台『テレーズとローラン』のパンフレットに寄稿を依頼されるなどしている。アダプテーションが今まさに生み出される現場とのコネクションを得ることにより、次年度以降、19世紀的な翻案のあり方と今日的な翻案のあり方とを比較していくための下地を作ることができたと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に発表した研究は、いずれもゾラの翻案作品についてであった。よって次年度は扱う対象を広げ、自然主義文学の他の作家も扱うこととする。 また、初年度の研究成果2件はいずれも、原作者本人による翻案作品の例に関してであった。したがって次年度は、本人以外の翻案家によるアダプテーション作品をも対象とし、語りの戦略に大きな相違が見られるかどうか比較する。さらには、原作者と同時代の作家と、後世の作家の間で、翻案の方法に大幅な相違が見られるかどうかについても比較分析を行いたい。 ただし上記の際、当該研究課題に即して語りの手法を中心にすえた考察を進めることを目指す。そもそもアダプテーションとは、初読者(初見者)と再読者(再見者)を同時に想定した表現形態をとらねばならない。だからこそ予告・布石の両手法が重要な役割を果たすのではないか、という仮説のもとに検証を進める。 一例として、没後100周年を迎えるオクターヴ・ミルボー(1848-1917)を取り上げ、彼の作品中の語りの手法と翻案について論じる。2017年6月初旬には、ハンガリーでAIZEN国際学会主催のシンポジウム「ゾラ=ミルボー Zola-Mirbeau」が開催されるため、参加・発表をする予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に資料収集のため渡仏したが、学務との兼ね合いで当初より短い滞在日程となった。そのため支出にわずかな差額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
差額は小額であるため、アダプテーション関連の書籍の購入に使用する予定である。
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