本研究の目的は、口承文芸から記述文学への移行という普遍的問題を考察するための手がかりとして、旧ユーゴスラヴィア唯一のノーベル賞作家アンドリッチの作品と、その背景にある南スラヴ口承文芸との連関を考察すること、また、そうした口承文学が、アンドリッチ作品を経由して、現代文化にどのように表出しているかを探ることにある。 本研究の成果としては、イヴォ・アンドリッチに関する学術論文「アイデンティティーの相克 : ボスニア・ムスリムによるアンドリッチ批判の系譜」を『スラヴ学論集』で発表、「Building a National Literature: Highschool Textbooks for Bosniaks」をThe 10th East Asian Conference on Slavic Eurasian Studiesで報告した。2020年度以降は、2019年度からの継続としてアンドリッチを含めた「ボスニア文学」の再構築の試みを中心に検討する予定であったが、現地調査ができなかったため、ユーゴスラヴィアの現代文学に焦点を当て、ドゥブラヴカ・ウグレシッチの80年代の作品がどのように古典的作品をアダプテーションしているかを検討した(「ふたつの『クロイツェル・ソナタ』―トルストイとウグレシッチ」小川公代、吉村和明編『文学とアダプテーションII ヨーロッパの古典を読む』春風社)。
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