研究課題/領域番号 |
16K16816
|
研究機関 | 秋田大学 |
研究代表者 |
平田 未季 秋田大学, 学内共同利用施設等, 助教 (50734919)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 指示詞 / 直示 / 照応 / 共同注意 / 相互行為 |
研究実績の概要 |
本研究は、対話参加者が、意図する対象に向けて相手の注意を誘導・調整し、共同注意を確立する過程を、自然談話データを用いて詳細に分析することで、話者による指示表現の選択に関わる要因を明らかにすることを目的とする。平成28年度は、対話参加者が、周囲の環境の中に存在する物理的対象に向けて互いの視覚的注意の焦点を調整し合う直示場面を観察し、そこに現れる指示詞の分布を分析した。平成29年度は、対話参加者が、先行する談話に既に導入された言語的対象に向けて互いの注意を調整し合う照応的指示の場面を観察し、そこに現れる指示詞の分布を分析した。以上の分析から以下の3点が明らかになった。 (1)対話参加者は、相手にとっての対象へのアクセス可能性(accessibility)を、発話時の対象の属性(空間的位置・可視性・抽象度)という静的な要因のみならず、対象への聞き手の注意の状態という動的な要因をも考慮して判断し、その判断に基づいて指示詞を選択している。 (2)従来多くの分析が行われてきた指示詞の直示素性(コ-/ソ-/ア-)のみならず、それに後接する質的素性(-レ/-コ/-ノなど)も相手にとっての対象へのアクセス可能性判断に基づいて選択されている。 (3)直示場面に基づく以上の分析は、言語的に導入された対象への指示にも拡張できる。ただし、対象へのアクセス可能性を判断する上で、物理的対象への指示では、相手の顔や視線の向き・身振りなどが重要なリソースとして利用されるが、言語的対象への指示では、対象と照応詞の間に挿入された音声連鎖の長さ、構造的な複雑さ、内容の複雑さなどが主な指標として用いられる。 本研究は、これまでほとんど分析例がなかった指示詞の質的素性について、自然談話データを用いて語用論的な分析を行った点、指示詞の直示素性と質的素性および直示用法と照応用法を注意という共通の概念を用いて分析した点で新しい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画では、平成28年度に(i)会話場面の映像データの収集と、(ii)会話分析の手法を用いたデータの分析を、平成29年度に(iii)直示的指示と照応的指示の連続性の分析と、(iv)日本語指示詞に関する以上の分析を国際学会で発表することを予定していた。このうち、(i)~(iii)までは予定通り完了することができたが、(iv)については現在進行中である。 (i)については、平成28年度に、札幌および秋田で大学生同士の相互行為場面の映像データ・音声データ(約50時間)を収集した。これらは観光地における旅行場面、少人数でのスピーチ場面、少人数での雑談場面を含む。(ii)については、同じく平成28年度に、会話分析を専門とする研究協力者山本真理氏とともに、相互行為場面データから抽出した共同注意場面における指示詞の分布を分析した。その結果、「研究実績の概要」で述べた(1), (2)が明らかになった。(iii)の照応的指示の分析については、平成29年度に、コ―パスを用いた談話分析の経験を有する舩橋瑞貴氏とともに、大学生の口頭発表データから約60例の照応的指示を抽出し、照応詞の種類とその選択の要因について分析した。具体的には、指示対象と照応詞の間に挿入される音声連鎖の長さ、構造的な複雑さ、内容の複雑さを数値化し、その数値の大小と照応詞の選択の相関性を示した。 (iv)について、以上の成果をまとめ投稿したところ、直示的指示と照応的指示の連続性を主張するためには追加のデータ提示が必要である旨指摘があった。追加データの収集・分析を平成29年度以内に終えることは困難であったため、平成30年度までの補助事業の期間延長を申請した。
|
今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、直示的指示と照応的指示の連続性を主張するため、中間的な指示の場面が観察できるデータの分析を行う。中間的な指示場面とは、指示の対象が、参加者の眼前に物理的に存在していると同時に、既に言語的に談話に導入されており、共同注意が一度確立済であるという場面を指す。これまでの指示詞研究は、直示的指示であればジェスチャーを伴い聞き手の視線を対象に向けて新たに転換させる場面、照応的指示であれば言語的手がかりしか利用できないテキスト内の指示など、直示か照応かが議論の余地なく明確である指示場面のみを主な分析の対象としてきた。本研究では、従来の定義では直示とも照応とも判断しがたい中間的な指示場面における話者の指示表現の選択を詳細に分析することで、その選択に関わる要因を特定することを目指す。また、中間的な指示場面の分析を提示することで、直示的指示と照応的指示の連続性を明確に示す。 以上の分析を、これまで行ってきた(i)~(iii)の成果に加えることで、指示は(直示的指示であれ、照応的指示であれ)共同注意の確立という相互行為的な目的のもと行われており、その目的達成に寄与する指示表現の選択は「注意」という同一の概念によって説明が可能であるという本研究の主張をより明確な形で示すことができる。以上の成果を、海外の研究者がアクセス可能な形で発表することで、通言語的な指示詞分析の枠組みの精緻化に寄与することが可能になる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究成果を学会誌に投稿した際、平成29年度2月に、査読者より、追加のデータ提示の必要性を指摘された。しかし補助事業最終年度である平成29年度以内にデータの収集・分析を行うことは非常に困難であったため、補助事業の期間延長を申請した。なお、平成30年度使用額は、追加データの収集・分析、追加データを加えて修正した論文の英文校正費とする予定である。
|