本研究は、対話参加者が意図する対象に向けて相手の注意を誘導・調整し共同注意を確立する過程を、自然談話データを用いて詳細に分析し、話者による指示表現の選択に関わる要因を明らかにすることを目的とする。平成28年度は、対話参加者が物理的対象に向けて共同注意の確立を試みる直示的指示の場面を、平成29年度は、先行文脈に導入済の言語的対象に向けて互いの注意を調整し合う照応的指示の場面を観察し、そこに現れるジェスチャーや身体動作、および指示詞を始めとする指示表現の分布を分析し、(1)指示詞の選択には対象の物理的位置などの静的情報だけでなく、相手の注意やアクセス可能性という相互行為的要因が関わること、(2)指示詞の直示素性と質的・統語的素性の運用は(1)の要因に基づいて統一的に分析できること、(3)以上の分析は照応的な指示にも拡張可能であることを示した。以上の研究は、これまで国内外においてほとんど研究例がなかった指示詞の質的素性・統語素性の運用を分析した点、注意という相互行為的な要因を用いて直示的指示と照応的指示の連続性を示した点で新しい。 平成30年度は、追加データを集め、直示的指示と照応的指示の中間に位置する指示(眼前に存在しながら既に言語的に言及されている対象の指示)に焦点を当てた分析を行った。その結果、対話参加者は、一度言及された対象の指示においては、直示的指示とは異なるジェスチャー・言語表現の組み立てを選択し、聞き手の注意を対象ではなく、進行する談話へと復帰させようとすることが分かった。以上の分析に基づき、本研究では、実際の指示場面の分析においては、これまで語用論における直示分析の理論的枠組みとなってきた直示用法から照応用法に至る連続体を、聞き手に要求する注意の強弱という観点からとらえ直す必要性を指摘した。以上の研究成果の一部は学術図書という形で公開予定である(現在編集中)。
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