2020年は最古の中国語資料である殷代甲骨文の*p-type否定詞(声母が*p-で始まる否定詞)の「不」と「弗」について「再議甲骨文中的否定詞“不”與“弗”的語義功能區別―兼論甲骨文的非賓格動詞」(田wei主編《文字・文獻・文明》、上海古籍出版社、2019年10月)という題目で、中国で論文を発表した。時代が下った春秋戦国時代の「弗」と「不」については、戸内は「弗」が「不」と前置された目的語代名詞「之」の合音であるという、従来の説を踏襲するが、さらに時代の下った前漢~後漢の「弗」と「不」の状況については、台北の台湾師範大学で開催された「漢語語法化的通與變國際學術研討會・第11屆海峽兩岸漢語語法史研討會」にて「“不”為什麼會有“弗”的讀音 ―論上中古“不”和“弗”的演變」というテーマで口頭発表を行った。 次に上古の*m-type否定詞(声母が*m-で始まる否定詞。「毋」、「勿」及び「無」など)に関してであるが、殷代~春秋戦国のものについては一部すでに口頭発表を行なったが、論文という形でまとめるまで至らなかった。前漢代の*m-type否定詞の状況については、「海昏侯墓木牘『論語』初探」という論文にて、海昏侯墓木牘『論語』、定州漢簡『論語』、北京大学蔵漢簡『趙正書』と『妄稽』に見える「毋」と「無」について調査し、漢代出土資料における「無」から「毋」への文字の書き換えについて論じた。なお、この論文は『中国出土資料研究第24号』(2020年)に掲載される。 本研究を通して、上古におけるいくつかの否定詞の通時的状況については概ね分かりつつあるが、西周時代の否定詞の検証についてはなお不十分である。 なお、本科研の成果の一部が反映されている拙著『先秦の機能語の史的発展ー上古中国語文法化研究序説』(研文出版、2018年)は2019年12月に第47回金田一京助博士記念賞を受賞した。
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