英語史における他動詞虚辞構文についての先行研究では、他動詞虚辞構文の出現及び消失の動機とメカニズムの解明のみに焦点が置かれていたが、本研究では、英語史における他動詞虚辞構文に関する言語事実と、通常の虚辞構文において見られる通時的・共時的言語事実を、Chomsky (2013)のラベル付けのアルゴリズムなどを仮定することで理論的に解明できる統語分析を提案した。 英語史的コーパス調査の結果を基に、虚辞thereが占める統語構造上の位置がTopP指定部からFinP指定部を経てTP指定部に至ることを突きとめた他、当該言語変化には義務的なEPP素性の出現位置の変化や随意的なEPP素性の出現/消失による主要部移動の可否が関わっており、当該分析の下では他動詞虚辞構文の通時的発達だけでなく非能格虚辞構文や通常の虚辞構文に関する通時的言語事実も十分説明可能であることを証明した。また、there受動文の通時的発達との関わりも検証したが、there受動文の関連要素DPには、他動詞虚辞構文のそれには見られない数量詞表現を伴うものが多いなどの統語的特徴が観察されたため両者の発達過程を直接関連付けることは困難であると分かった。加えて、前述のEPP素性に関する変化は、縄田 (2016)の史的素性推移分析に基づき、動詞屈折の衰退に伴う素性継承先の変化が要因となると特定した。 最終年度に実施した研究の成果としては、他言語の虚辞構文に関する理論的説明にも当該研究成果を活かすことができるかを検討し、少なくとも他動詞虚辞構文と非能格虚辞構文を共に許すタイプの言語であるオランダ語、ドイツ語、アイスランド語などのゲルマン諸語の言語事実が説明可能となり得ることを突きとめた。そして、これまでの研究の成果を、最終年度において、査読付き全国誌である『近代英語研究』に論文(Honda (2017))として発表した。
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