公事方御定書の地域伝播の形態を、入手した人物と目的・入手と漏洩元・内容の精度という観点から分析し、江戸時代に形成された法概念について総合的に検証した。幕藩体制国家という近世社会の性格に鑑み、幕藩双方の関係者から検討することで、縦横断的な考察を可能にすることができた。 入手した人物については、近世後期になるほど地方役人、さらには町人・村人といった層にまで広がっていることがわかった。当初は、法に携わる立場の役人が参考にするために入手を図っていたが、次第に興味関心のある者が個人的に所持するようになっている。入手した者も、公事方御定書の性格を理解しており、秘匿の書として家宝として大切にするようにと伝えていた。 入手と漏洩元について、公事方御定書を閲覧できる立場にあった幕府要職者、個人的な関係に起因する評定所勤務の役人の場合が確認できた。幕府の要職者は公事方御定書をみて写本を作成し、これを国元に持ち帰ってさらに家臣に手渡す。そこで家臣たちにより新たな写本が作られ、これが藩の役人間で共有されることになり、次第に多くの人が知り得ることになった。また、評定所へ出入りしていた役人との個人的なつながりにより実用本たる公事方御定書の写本を入手している実態も確認できた。 公事方御定書の精度について、町人・村人層の者ほど誤字や脱文が多くみられる傾向にあった。しかし、精度の高さは入手先が前提にあるため、村役人よりも村人が良質本を入手している場合があった。また、誤字・脱文があることを知りながらあえてそのまま記して写本を作成していたことも確認できた。それは、今後、別本を入手したら修正することを想定しており、公事方御定書は流通していた状況にあったことがわかった。 異なる立場の者が公事方御定書を入手することができたため、結果的に幕府の法概念が浸透することになり、法治の原則の下支えをすることになったのである。
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