徳川吉宗が制定した公事方御定書は、成文法典として近世法制史上で画期とされる。これまでの厳刑主義から一転して寛刑主義を採用したことから一部の幕府役人のみが閲覧することができた秘密法典だった。しかし、実際には多方面に流布していた実態が浮かび上がり、現在でも全国各地に存在する。そこで本研究では公事方御定書の流布の系統を探るとともに、当時の法概念の形成過程を検討した。そこには幕府の杜撰な公文書管理や法典を貪欲入手しようとした近世社会に生きる人々の姿があった。また、役人として職責よりも個人的由縁を重視したため公事方御定書が漏洩しているなど、近世における人間社会の実態も詳らかになった。
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