本年度は、これまで明らかにした、19世紀後半のローヌ県における地方幹部候補行政官に関する分析に加え、同じローヌ=アルプ地域にあるアン県とドローム県における幹部候補行政官の近代的変容の有無を明らかにした。具体的には、近代フランスの行政制度が複雑化と拡大化を経験した、第二帝政期の地方幹部候補行政官である県参事会員の登用を分析し、近代的行政官を論じるうでの一つの要素である専門職化の実態解明を試みた。そこでは、時代が進むごとに幹部候補行政官の若年化が進み、非地元出身者が増加した。また、短期間に多くの県と公職で職歴を積み、近代的な幹部候補行政官として養成されていった。登用の際に作成された請願書の分析において、第一に、候補者の属性的要素に関する記述は、第二帝政期になると減少した。第二に、候補者の能力的要素に関する記述は、性格に関する主観的な評価、教育からもたらされた行政知識に関する評価、そして公職の現場での経験に対する評価が中心に記述された。そして、第二帝政期になると、候補者本人の能力がより詳細に記述されるようになった。 これらのことから、一般的に、支配的原理としての属性主義と能力主義の転換点は第三共和政期初頭であるとされているが、地方幹部候補行政官においては、既に、第二帝政期にその転換の準備は整えられていたことを解明した。ここで得られた研究成果は、「フランス第二帝政期ローヌ=アルプ地域における地方幹部候補行政官の登用論理―県参事会員登用時の請願書を手がかりに―」として、『史学雑誌』第128編第3号(2019年4月刊行)に掲載されることとなった。
|