世界的な貿易自由化と新自由主義経済化の影響により先進国の農業・農村を取り巻く環境は大きく変容している。とりわけ,グローバル化が加速した1990年代以降は,アメリカやBRICS,ケアンズグループによる大量生産を基礎とするフォーディズム農業が世界に展開し,ネオリベラルな貿易自由化が進展してきた。本研究では,これに対抗してきたの日本やヨーロッパなどの経営規模の小さな農業国家群において,大量生産国に対抗する新たなオルタナティブとして,農業保護の削減が義務である国際貿易ルールに抵触しない「農業の多面的機能(Multi-Functional Agriculture)」という概念を政治的に生み出し,グローバルな社会正義を盾にした農業・農村のポリティクスを構築してきた過程を明らかにした。これは,「埋め込まれたネオリベラリズム」あるいは「グリーンネオリベラリズム」と呼ばれ,自国の農業を保護するために「環境」を戦略的に位置付ける21世紀の新たな農政として世界に広まっており,これに対して批判的に検討をした点に研究実績の意義がある。具体的には、ポスト生産主義から多機能レジームへの理論的な潮流の検討を、地理学を中心とした欧米系の議論からフィールドワークへの応用を含めて検討した論文「欧米圏における農業の多面的機能をめぐる議論と研究の展開―ポスト生産主義の限界と新しいパラダイムの構築に向けて―」(.人文地理69(1):101-119. )のほか、新たな農村におけるオルタナティブの模索の事例として取り上げた「フランス田園回帰にみるネオルーラル現象の展開と現在.」( 農業と経済84(9):47-53.)等が主要な業績といえる。
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