民族誌はある文化についての客観的な記述であるというよりは、特定の文脈に置かれた調査者と調査対象者とのあいだの感覚をも含む相互感化の過程でつくられるテキストでもある。他者の感覚的な経験に着目する意義は、視覚・言語中心主義的な西洋近代の認知のあり方を相対化する点にのみあるのではなく、特定の歴史的・社会的状況を生きる人々の生の断面で生じる広義の情動体験を捉え、可能な限り了解可能性を担保した記述を行う点にある。その過程で、調査者自身の感覚のあり方は必要に応じて見直され、翻訳の作業がつづく。本研究では伝達可能な理解を産出するのに寄与しうるような感覚に着目した民族誌的記述の手法と意義を明らかにした。
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