本研究は、国家の理念や政治体制に大きな差異が認められる日本と中国において、船上生活者の子どもたちをめぐり実施されてきた学校教育・社会福祉のあり方を比較検討し、それらの意味を「国家の意図」と「当事者の受け止め方」という両面から考察することを目的としている。近代以降、どの国でも学校教育とは「国民」を作り上げる営為と共にあり、それは「正しい国民像」から逸脱した者の「排除」ないし「矯正」と表裏一体の関係にある。船上生活者とは中国でも日本でも、船に住まうがゆえに学校教育へ接近できぬ存在であり、彼らにとっては義務教育制度の施行と受容自体が、自らの生活習慣を否定する意味を持っていた。本研究では、1)国家の描く「国民像」と教育制度の歴史、2)船上生活者を学校へ向かわせる力、3)学校や宿舎における教育・福祉の実践、4)それらを受け止める船上生活者自身の態度に注目してきた。 2020、2021年度に引き続き、2022年度もこれまでの現地調査で得られたデータの整理と文献資料の渉猟・読み込み・分析に努めた。また、2021年度の日本民俗学会シンポジウムにおいて「日本の海に生きる女性」を論じるなかで船上生活者の研究史に触れたが、2022年度は発表内容を論文としてまとめ、掲載された。 2017年度から最終年度までの研究成果としては、1)日本の船上生活者の寄宿舎に関わる近代資料の収集と分析に努めたほか、2)中国の船上生活者が陸上の家屋を獲得しはじめる1960年代以降、定住本位型社会のなかで移動を基礎とした船上生活をつづける姿に着目し、彼らが教育や教育に依拠した操船免許取得・更新といったものといかに折り合いをつけながら接してきたのかを論じることができた。
|