本州の社寺に奉納されたイナウは、これまでに石川県で9点、青森県で27点、岩手県で1点が確認されている。最終年である本年は現地での追加調査および研究会を行い、年度末には3年間の成果を報告書にまとめた。 4月には追加調査として奉納イナウが見つかった石川県輪島市で現地調査を行い、イナウを奉納した角海家の船頭を務めた家のご子孫への聞き取り調査や、関連資料の調査を行った。また、5月に東京文化財研究所で研究会を開催するなど、各方面の専門家と成果や課題を共有・議論する機会を得た。以上をふまえ、年度末には研究代表者と研究協力者6名による報告書『海を渡ったイナウ―アイヌと和人の文化交渉史の研究』を刊行し、関係各所に配布した。 報告書では、まず総論においてイナウ奉納習俗の概要やイナウの形態的特徴を示し、問題の所在を指摘した。続く各論では、イナウ奉納者である廻船問屋や関係する本州地域と、北方地域との関わりについて、史料に基づいて具体的に論じられている。とくに角海家資料によってイナウ入手の具体的場所(樺太東海岸)が特定されたことは大きな成果であり、今後イナウ奉納の歴史的背景を解明していく上での重要な足掛かりとなるはずである。各論ではさらに、和人とアイヌの信仰や儀礼(とくに海上信仰に関わるもの)がひとつの民俗社会のなかで併存したり、交渉・融合関係にあったことも具体例とともに論じられており、これによりイナウ奉納の文化的な背景についても、その一端が明らかにされたと言える。
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