本研究は明治期に和人によって本州の社寺に奉納されたアイヌ民族の祭具・イナウの研究を核に、近世後期から近代におけるアイヌと和人の文化交渉史を再考することを目的とする。 奉納イナウの製作地(入手先)は、その形態的特徴からみて北海道・樺太の広い範囲に及んでおり、このことはイナウ奉納習俗が海上信仰のひとつの形態として、ある程度の広がりを持って和人船主に受け入れられていたことを示している。またこうした信仰が成り立つ背景には北前船交易や漁場経営のための和人の北方進出、和人とアイヌの信仰・儀礼の親和性、両者の文化が併存する社会状況等があったことが示され、両者の文化交渉の具体的在り方の一端が明らかとなった。
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