研究課題/領域番号 |
16K16997
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
廣見 正行 上智大学, 法学部, 研究員 (20707541)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 平和条約 / 休戦協定 / 国際法 / 条約法条約 / 安全保障法 / 武力紛争法 / 平和維持活動 |
研究実績の概要 |
本研究は、休戦協定の締結により国際武力紛争が終結した後に交渉・批准される平和条約の締結可能性と現代的機能とを国際法学の観点から解明しようとするものである。第二次世界大戦後に確立された現代国際法学は、武力行使禁止原則のコロラリーとして、戦勝国が武力により敗戦国に対して講和条件を強制する平和条約を無効とする規則を確立してきた(「条約法に関するウィーン条約」第52条)。しかしながら、第二次世界大戦以後に発生した国際武力紛争において、平和条約が締結された実行が現実に存在している。本研究は、武力による強制が認められていた戦前の平和条約との比較において、無効原因となる強制の具体的要素を特定することによって、強制を伴わない平和条約の締結可能性および法的機能を明らかにしようとするものである。 武力による威嚇又は武力の行使による国に対する強制の結果締結された条約の無効を定める「条約法に関するウィーン条約」第52条は「国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する武力による威嚇又は武力の行使の結果『締結された』条約は、無効である。」と規定するが、同条を起草した国連国際法委員会や同条を検討した国際司法裁判所は、武力による強制により条約締結手続において自由意思に基づく合意が存在しなかったという真性の合意の欠如を無効の理論的基礎としている(手続的強制)。 しかしながら、戦勝国が条約締結手続において武力による強制を行うのは、敗戦国が提示された和平条件に合意していないためであると考えられる。このように考えると、武力による強制は、単なる手続問題にとどまらず、むしろ条約内容と密接に関連すると考えられる(実体的強制)。2016年度は、主としてヴェルサイユ条約第231条のいわゆる「戦争責任条項」に着目しつつ、侵略につき個人ではなく国家全体に賠償負担を強いる同条項が実体的強制の要素を構成するとの暫定的結論を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2016年度は、武力による威嚇又は武力の行使による国に対する強制の結果締結された条約の無効規則の淵源となった「非承認主義」につき、現代的事例として米国最高裁判決の検討を行った。米国は、中東和平の仲介国であり、イスラエル=エジプト平和条約、ヨルダン=イスラエル平和条約の締結を仲介したが、その仲介国が、中東戦争の結果として武力により変更された領域権原を法的に承認しない立場を明確にしたことにより、「武力による領域権原の変更」という無効原因となる強制の具体的要素の一つを特定することができた。 2016年7月には、スイス・ジュネーヴの国連欧州本部にて開催された国連国際法委員会(ILC)の審議を傍聴した。ILCの議題の一つ「武力紛争に関連する環境保護」は、武力紛争前、武力紛争中、武力紛争後の3段階に分けて国際環境保護規則を検討したところ、2016年度は武力紛争「後」の環境保護が議題となっており、いつ、どのように武力紛争が終結するかが問題となった。研究代表者は、国際武力紛争の終結における休戦協定の意義および無効規則との関連における平和条約締結の問題点に関する意見書「Draft Comment on the Third Report on Protection of Environment in relation to Armed Conflict」を作成した。同意見書は2016年5月に開催されたILC第68会期の審議において取り上げられ、審議に反映された。 2017年2月には、ヴェルサイユ条約の起草に関する英国の実行を分析するため、英国・ロンドンの国立公文書館における資料収集を行った。その結果、武力による強制の典型例として欧米の研究者の意識下にある歴史的実行としてヴェルサイユ平和条約およびミュンヘン合意が念頭に置かれていることが明らかになった。
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今後の研究の推進方策 |
2017年度は、ヴェルサイユ平和条約の起草においてドイツに公平な態度をとった米国の実行を分析する。ドイツに対する英仏の懲罰的姿勢は同条約231条の「戦争責任条項」に結実することとなったが、これに対し米国は「勝者なき講和(peace without victory)」を理念として掲げていた。この「勝者なき講和」こそが、戦勝国による敗戦国に対する和平条件の強制を伴わず、それゆえ実体的強制に該当しない平和条約の締結可能性の鍵概念となると考えられる。 ヴェルサイユ平和条約は第一次世界大戦を終了させる機能を担ったが、逆説的に、新たに構築された平和条約体制(ヴェルサイユ体制)それ自体が新たな戦争原因となり、同条約は永続的平和を創出しなかった。このようなヴェルサイユ体制の歴史的経験から、第二次世界大戦の戦後処理構想において戦勝国(米国)は、国際法違反の侵略につき、国家全体の責任を問うのではなく、個人の責任を問う軍事裁判を実施した。本年度は、戦後処理における国家責任から個人責任への転換に着目し、現代国際法において平和条約は懲罰的機能を含むことなく責任解除機能を担うことを明らかとする。 本研究は、研究代表者が2014年度に提出した博士論文「現代国際法学における国際武力紛争終結の法理」の平和条約に関する論点についての研究を継続・発展させるものであるが、それによって、休戦協定から平和条約に至る武力紛争の終結過程の理論的道筋を示すことを目的としている。そのため、休戦理論についても最新の学説状況を踏まえ改訂を重ね、全体として英語論文として発表するための作業も現在進行中である。
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