本研究においては、被疑者の黙秘権(供述するか否かについての意思決定・自己決定の自由)を実効的に保障するための方策について、(黙秘権の母国である)イギリス法における法制度及び実務運用等を手掛りに、比較法的観点からの検討・考察を行った。 イギリス法においては、制定法上、①被疑者取調べに先立ち(無料で)弁護人と接見する権利、及び、②被疑者取調べに弁護人を立ち会わせる権利(弁護人立会権)が保障されている。また、弁護人立会権には、単に取調べに立ち会えるというだけではなく、③いつでも取調べを中断させ、秘密接見に戻る権利が含まれている。さらに、(必ずしも捜査機関に制定法上の法的義務があるわけではないものの)実際の運用においては、④被疑者取調べに先立ち、捜査機関から一定の証拠(情報)開示が行われている。事前の証拠(情報)開示が十分に行われない場合、弁護人は被疑者に黙秘権の行使を助言することになるため、捜査機関においても、供述を得たいと考える場合には、比較的広範囲にわたる証拠(情報)開示を行うのが通例となっている。 以上のことから、イギリスにおける被疑者取調べは、〔1〕警察による弁護人への証拠(情報)開示と〔2〕被疑者と弁護人の秘密接見を経た後に〔3〕弁護人立会いの下で行われるということが実務上確立している。この点は、わが国においても、黙秘権を実効的に保障するための方策を考える上で参考となろう。 もっとも、このような実務運用は一朝一夕に形成・確立されたものではなく、その前提として、刑事司法機関(とりわけ警察)における職業文化の変化、刑事弁護の職責に対する理解の増進、関係者間相互の信頼関係の形成等を必要としていたこと、また、このような実務運用が形成された背景には(必ずしも黙秘権の実効的保障という要請だけではなく)迅速かつ効率的な事件処理の要請が伏在していたことなどにも留意する必要がある。
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