本研究では、募集株式の発行の際の価格決定のあり方について、どのような価格決定プロセスを経ることが望ましいと考えられるかという問いについて、これまでの企業価値評価の知見を用いることができないかという視点から検討を開始した。 まず、近時の我が国の組織再編における学説・判例等の動向を分析した。これらの分析からは、我が国の組織再編における価格決定プロセスは、株主への損害が生じたかを決定づける上で、すなわち当該決定された価格を規範的判断として正当化する上で、決定的な要素として位置づけられていることを確認した。その背景には、組織再編における株式等の買収価格が不公正である場合(不公正に決定された場合)には、既存株主と新たに加わる株主との間で、経済的な利益分配が適切に行われていないこととなることへの不公平の是正という判断があると言える。そして、組織再編においては、規範的な判断として公正な価格を保障する株式買取請求権ないしは取締役の責任追及の途を用意することにより、この経済的な分配の不公平について是正する途を用意している。 一方、募集株式の発行にかかる利害関係を整理すると、支配権等発行目的にかかる議論を別として、新たに発行される募集株式の引受人と既存株主の経済的な利益分配の関係として捉えると、不適切な価格による募集株式の発行により、将来的に享受する利益の分配が遍在化する構図は、上記組織再編の場合と問題を共にするものであると言える。もっとも、募集株式の発行においては、組織再編のキャッシュアウトの場合とは異なり、勝利的な投資の遮断が生じないため、専ら募集株式発行後の保有割合の問題として理解される。 本研究ではこのような理解を前提に、新たに株主になるものの属性の違いにも着目して、価格決定の在り方および裁判所の介入の在り方について検討した。
|