本研究においては、不法行為効果論における衡量問題という、従来明確にその存在が認識されてこなかった問題領域について、その一般理論構築のための手がかりを得ることを目指した。具体的には、この問題領域に属する既存の問題群として、①物損における慰謝料請求、②差止請求の要件の2つに着目し、そこでの判断枠組および衡量因子の解明を試みた。 ①については、ドイツ法とオーストリア法における議論状況を調査した。いずれにおいても、非財産損害が無制限に賠償されるべきだとは考えられていない。物損においてそれを制約する要因は、非財産損害の一時性、要保護性の低さ、および客観的把握の難しさなどである。もっとも、これらによる制約は、当該物への愛着の程度が大きい場合、あるいは加害者に故意が認められる場合には及ばないと考えることができる。 ②については、差止めは権利回復費用・保全費用の賠償と機能を同じくし、それゆえそれらと権利の価値の補償との間での衡量枠組が、差止めにも基本的に妥当するというのがさしあたりの結論であるが、なお検討を要する点もある。 以上の他、車両損害における修理費と取引価格との関係についても検討する機会を得、一般に混同されることの多い次の2つの衡量問題の相違を明らかにした。すなわち、この場面において被害者はいかなる場合にまで修理費の賠償に甘んじなければならないのかという問題と、被害者はいかなる場合にまで修理費を請求できるのかという問題である。後者は判例上必ずしも明らかにされておらず、したがって、一般に言われているように、修理費は車両の時価を上回ることができないとは、必ずしも言い切れない。
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