最終年度(平成30年度)は、EUの中における国民投票の戦術利用について、事例の幅をさらに広げて考察を進めた。各国の資料、EU諸機関の資料の分析を進めるとともに、前年度の終盤に欧州各国で重点的に行った外交官へのインタビュー調査の解析を進めた。本年度はその調査結果を踏まえた口頭報告を二回行っており、(平成31年5月の時点で)論文を2編、執筆中である。研究内容は次の二点にまとめることができる。 第1に、国民投票には様々な戦術的な使い方があるが、なかでも効果的に使うことができるのは、批准の際に国民投票を行わないと他国に約束し、その代わりに自国に有利な譲歩を引き出そうとするものである。リスボン条約の交渉時のオランダ、イギリス、フランス、デンマークがこの使い方をし、妥協を引き出すことにある程度、成功したと考えられる。第2に、国民投票を実施すると発表して、他国から妥協を引き出そうとする戦術については、その効果は限定的であることが本研究からは示唆された。憲法条約の交渉時のポーランドとイギリス、および、EUにおけるイギリスの立場についての再交渉という諸事例がこれにあてはまる。その理由として考えられるのは、(1)EUにおける仲間意識に縛られて合意形成を阻止する戦術はとりにくい、(2)国内での聴衆費用を懸念している、(3)既EUの法体系と食い違う要求はなかなか受け入れられない、などである。 まとめると、政府間で仲間意識や信頼関係が一定程度、発達しているEUの環境のもとでは、「国民投票を行わない代わりに妥協を引き出す」戦術が全般的に受け入れられ、効果を発揮しやすい。対照的に「国民投票を行うと明言して、妥協を引き出そうとする」戦術の方は、使う側にもためらいが生じ、かつ、他のアクターからも反発を引き起こすため、なかなか効果を発揮しえないと考えられる。
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