2018年度は,三年間の研究プロジェクトの成果を論文としてまとめ,その論文を学術雑誌に投稿した.さらに,その投稿論文の内容を周知して広く議論するため,研究セミナーを開催した. 本研究プロジェクトは,一次資料にもとづいて数学史や科学史の観点からマーシャルの経済理論を見直すことを目的としていた.上述の論文では,ケンブリッジ大学所蔵の一次資料等に基づいて,マーシャル経済学における科学的性格のひとつの起源を探求した.図式化された需給均衡理論は,現代経済学に対するマーシャル経済学の最大の貢献として理解されている.しかし,その分析枠組みは彼の独創的な産物なかったのである.より詳細には,数学史や科学史の観点からマーシャル経済学の方法論を再考する場合,その方法論上の起源はフランス科学にあることが明らかになったのである.換言すれば,フランスの科学者たちによる数学研究,天文学研究,経済学研究を踏まえて,マーシャルは「時間」と「均衡」を扱う科学的な経済理論を考案するに至ったと考えられる. マーシャル経済学を契機として発展した現代経済学は,その誕生以来,自然科学から概念や分析ツールを借りることで,その理論的な骨格を築き上げてきた.ところが,マーシャルの出版した『経済学原理』(初版,1890年)では,経済学を人間研究の一部と位置づけられており,経済分析において倫理や道徳などの扱いが最も難しいと指摘されている.マーシャルは,経済学の力学的展開の限界を認識しており,それを超克するための方法論を模索し続けたのである. 本研究は,そのようなマーシャル経済学の到達点に接近するための予備的研究として位置づけられうるものである.すなわち,本研究プロジェクトでは,マーシャルの力学的な経済分析の意義とその限界を明示するため,初期マーシャルの研究成果を科学史の知見を借りることによって議論を展開した.
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