2019年度は,1. 遺産動機が貯蓄率に与える影響,2. 生前贈与の動機の解明の二つの研究を行った。 1.の問題意識は,高齢化の進展とともに日本の家計貯蓄率は徐々に低下しているものの,資産取り崩しのペースが単純なライフサイクル仮説で想定されるよりもかなり遅い原因を解明することである。日本では医療保険と介護保険によって,原則として全国民が定率の自己負担で多くの種類の医療・介護サービスを利用できるため,高齢者が医療・介護支出に備えて貯蓄を行う必要性は(米国などと比べれば)それほど高くないと考えられる。したがって,日本の高齢者がライフサイクル仮説で予想されるよりも資産を取り崩さないのは,遺産動機の存在が主な原因となっている可能性がある。そこで,(利他的)遺産動機が貯蓄率に与える影響に着目し,理論と実証の両面から分析を行った。実証分析では,回答者が自分よりも子供の暮らし向きが悪化することを予想する場合に遺産動機が貯蓄率を高めるという仮説を検証し,それと整合的な結果が得られた。 2.については,慶応大学「消費生活に関するパネル調査」の個票データを用い,贈与の受取頻度やタイミング,及びどのようなライフイベントや回答者の属性に応じて贈与が行われているか分析した。また,データのパネル構造を活かし,過去の贈与受取とその後の親への介護提供の関係からも動機の特定を試みた。その結果,大きな支出を伴うライフイベントの際,また,雇用の安定性が低いあるいは経済力の低い子に,親から贈与が行われる傾向が見られた。また,親が子の介護や援助を引き出すために,贈与をその後のさらなる資産移転のシグナルとして用いていることを支持する結果は得られなかったため,親の贈与の動機は利他的動機と整合的といえる。
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