日本の商標法は登録主義を採用しているため、出願時に未使用であっても、将来の事業開始に備えて商標登録を受けることができる。このため、不使用の商標が保護されたままとなり、ブランドを識別するために利用可能な言葉や図形、記号等が減少する可能性がある。使用の意思がない権利や、使用の範囲を超えて過度に広い権利が付与される状態を「商標の乱立」と呼ぶ。商標の乱立は、商標の枯渇を招く。よって、企業はより一般的ではない言葉や記号を見つけなければならず、新たな商標を作成・登録するコストは増大する。一方で、こうして選ばれた商標は、新商品・新サービスとの関連性が希薄な名称やデザインになっている可能性もある。仮にこうした状況が発生している場合、商標データはイノベーションの代理変数として大きなノイズを含む可能性がある。よって、不使用商標や枯渇の実態を把握することは、本研究課題において重要である。 『知的財産活動調査』を用いた集計に拠れば、我が国の主要出願人の平均商標利用率は上昇傾向にあり、2020年で85%程度である。次に、1994年から2019年の不使用取消審判に関する分析から以下の点を明らかにした。第一に、不使用取消審判の請求件数を同年の登録商標の総件数と比較すると、審判の対象になる商標の割合は、分析期間中で最も請求件数が多い2007年で約0.1%、直近の2019年で約0.05%である。つまり、審判を請求して取り消さなければならない不使用商標の存在(他社の不使用商標が自社事業の阻害要因になっているケース)は、必ずしも多くない。また、審判件数や比率の推移を見る限り、不使用商標の問題が深刻化している様子も確認できない。第二に、分析期間中の審判成立率は、70%から80%程度である。審判の対象になった商標の大部分が実際に取消になっていることは、不使用商標の排除において、本制度が実効性を持つことを示唆している。
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