本研究の目的は,資本コストをベンチマークとした利益マネジメントについて包括的に分析することである。ファイナンス理論では,企業は資本コストを上回るリターンを獲得しないかぎり持続的成長や企業価値の向上を望めないとされる。そのため,経営者はリターンから資本コストを差し引いたスプレッドをプラスにする利益マネジメントを行うのではないかと予想した。 本研究では,経営者は資本コストを上回る利益水準を達成するため利益マネジメントを行うという仮説を検証するために,利益マネジメント研究において一般的に用いられる利益分布アプローチを採用した。また,株主資本コストを上回るリターンをエクイティ・スプレッド,加重平均資本コストを上回るリターンをアセット・スプレッドと定義し,それぞれの実額のヒストグラムを観察することで利益マネジメントの有無を検証することとした。 分析の結果,エクイティ・スプレッドとアセット・スプレッドのヒストグラムのゼロ付近において,ゼロを上回る区間の頻度が,ゼロを下回る区間の頻度と比べて非常に多いという不規則なゆがみの形状を確認することができた。このゼロ付近の不規則なゆがみに対して標準化差異検定を行った結果,この不規則なゆがみが統計的に有意なものであることが明らかにされた。以上の結果から,経営者は各スプレッドがマイナスになることを回避するために,利益マネジメントによって資本コストというベンチマークを達成していると解釈される。 同様の結果は,分析対象期間を1992年3月期から2016年3月期までの24年間に拡張して,非金融業に属するすべての上場企業を対象としたヒストグラム,ビンの幅を0.0025に変更したヒストグラム,金融業を含む全サンプルを用いたヒストグラムにおいても観察され,統計的検証においてもその頑健性が確認された。
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