研究課題/領域番号 |
16K17298
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研究機関 | 京都文教大学 |
研究代表者 |
川嶋 伸佳 京都文教大学, 総合社会学部, 講師 (10637250)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 多元的公正感 / 不平等 / 正当化 / 社会心理学 / 実験的調査 |
研究実績の概要 |
本研究は、社会的不平等の是正行動を抑制する心理学的メカニズムとして多元的正当化方略の存在を仮定し、それを検証することを目的とする。 本年度の目的は、格差情報への接触が、1.マクロ公正感を低下させる一方で、2.ミクロ公正感を高めるという多元的正当化方略の基本的前提を検証すると同時に、3.正当化過程に影響を及ぼす心理学的変数および社会経済学的地位変数を探索することであった。これらの目的を達成するためにインターネットを通した第1回の実験的調査を実施した。具体的には、半数(実験群、520名)に日本に大きな格差が存在することを描写した新聞記事を、もう半数(統制群、520名)に格差とは無関係の内容を描写した新聞記事を提示し、その後日本社会に対するマクロ次元およびミクロ次元の公正感を、全体的観点および衡平、必要性、分配の平等、機械の平等、尊重の各観点から測定した。 分析の結果明らかとなったのは、主に以下の3点である。まず目的1について、格差情報への接触が社会への公正評価を低下させるという結果が、日常的にメディアへの接触傾向の高い人において確認された。次に目的2について、格差情報への接触が自分自身に対する公正評価を高めるという効果は認められなかった。むしろ全体的観点からは、格差情報への接触がミクロ公正感を低下させることが示された。最後に目的3について、社会経済的地位変数と正当化の間に明確な関連は認められない一方で、体制への依存性の強さの影響が示唆された。つまり、今後の経済的安定や幸福が日本社会の情勢に依存していると考えている人はそうでない人に比べて、格差を描写した新聞記事は不正確で信頼できないものと考える傾向にあった。 得られた成果の一部は研究会にて発表した。また、来年度に複数の学会にて成果を発表するための準備を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は当初の予定通り、多元的正当化方略の基本的な仮説を確認するための第1回インターネット調査を実施した。予測のうち、不平等情報が社会全体に対する公正感(マクロ公正感)を低下させるという点は、おおむねそれを支持する結果が得られた。これは、今回用いた実験刺激が一定の妥当性を持つことを示すと同時に、日本人が社会の不当性を容易に受け入れるという理論的予測を支持するものであった。ただし、この結果は日常的に高頻度でメディア情報(新聞、テレビ、雑誌、インターネット上で報じられる社会や政治問題)に接触している人に限定されるものであり、格差情報の受け取り方に個人差が存在する可能性を示唆された。次年度に向けて、理論的修正および刺激内容の精査とさらなるブラッシュアップが必要である。 一方で、自分自身に対する公正感(ミクロ公正感)に対する不平等情報の効果は、全体的観点からはそれを低めたる方向に作用したが、その他の観点からは影響が見られなかった。これは、個人的な公正評価が社会に対する公正評価とは別のメカニズムで生じているという点では多元的正当化方略の前提と部分的には整合するものの、不平等情報への接触が反動的にミクロ公正感を高めるという当初予測していた反応までは確認できなかった。格差情報とミクロ判断の関連メカニズムについて精査が必要である。 また、体制への依存度が高い人は格差情報の信頼性自体を否定することが示された。日本社会と一蓮托生との思いが強い人にとって、社会や政治システムの正当性を揺るがす情報は脅威であると予想される。我々は、そのような脅威に対処する方法としてまず多元的な公正評価を想定していた。しかし、今回の結果は脅威を回避するためにメディア自体の信頼性を変化させるという方略が存在する可能性を示しており、理論的な展開が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は、第1回インターネット調査で明らかとなった複数の課題に対応するための第2回インターネット調査を計画・実行し、多元的正当化方略のさらなる解明を目指す。同時に、第1回調査の成果を学会等で報告する。 第2回インターネット調査では、不平等脅威の内容を精査すると同時に、正当化方略の多様性を捉えることのできる研究設計を行う。まず不平等情報の刺激について、普段からメディア接触していない人でも脅威を抱きやすいものを用いる。第1回調査の刺激は、客観的な情報(相対的貧困率、ジニ係数、世論調査結果等)を含んでいたが、これらの指標に対する評価は個人に委ねられるものであり、脅威として必ずしも十分な効果を持たなかった可能性がある。第2回調査では、より直接的に社会への否定的評価・情動を喚起するより明確な脅威刺激を用いる予定である。また、多元的な公正感以外に正当化を検証できる項目を設定することで、日本人の正当化のありようについてより広範に捉える工夫をする。 なお、当初第2回調査からは正当化を左右すると予想される体制への依存性、体制からの離脱不可能性について実験的操作を加える予定であった。この点については、第1回調査から、体制への依存性については正当化に何らかの影響を及ぼすことが示唆された。一方で、多元的正当化方略の基本的仮説であるマクロ次元およびミクロ次元の公正評価に対する不平等情報の影響についての検証は十分とは言えない。それゆえ、第2回調査では改めて不平等情報についての刺激を設計しなおすことで、これらの基本的仮説の検証を行うこととした。 調査の実施と並行して、第1回調査の結果を複数の研究会や学会で公表する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた規模・内容の調査が予定よりも安価で実施できたため。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度実施予定の第2回インターネット調査の追加費用とする。第2回調査は第1回調査と同規模を予定しているが、内容の変更により費用が増加する可能性がある。
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