研究実績の概要 |
読書が言語力を伸ばすという知見は科学的エビデンスによって徐々に確かさを増してきているが,現実には「読書量は多いのに,言語力が伸びない児童」が少なからず存在している。本研究の目的は,公立の小中一貫学校との共同研究により,全校規模の縦断調査を行い,言語力向上を抑制する原因と,それぞれの原因に対する効果的な介入法を明らかにすることである。 これまでのデータにおいて縦断データの分析を行った結果,過去の研究を再現して,全体としては読書量は言語力を向上させる説明変数となっている。一方で,やはり読書量が多い児童の中にゲインの多い児童(言語力が大きく伸びる児童)とほぼゲインがない児童が存在する,というように大きな個人差が見られた。しかしながら,この個人差をクリアに分ける要因の発見は上手く進んでいない。元々の語彙力といった「能力」要因の違い,もしくは,読み手にとって「少しだけ難しい」レベルの本を選べているか,という「本選び」要因を候補としていたが,本研究で用いた指標の範囲では,これらの要因によってゲインに有意な違いはなかった。 海外の先行研究でも,本当に介入すべき言語力の低い児童には,現在提案されている介入方法(未知語に対して,文脈情報を用いて推定させることを促すこと)は効果が小さいことが報告されている (Elleman et al., 2017)。ゲインの多寡についての個人差には,当初研究計画で想定していたよりも,複雑なプロセスが関与していることが考えられる。十分な根拠を持たない状態で介入実験を行うことは研究者倫理にもとる。また,実験参加者および調査協力校との信頼関係を失うことになりかねないため,新しく研究計画を立案し,将来的な介入実験に向けた知見の蓄積に務めることとした。
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