現代社会を生きる上で感情制御は必要不可欠なスキルの1つとなっている。他方、感情制御が それほど容易ではないことは経験的にも明らかであろう。特に近年では、怒りや不安、焦りなど の不快感情の制御を苦手とする人々が多く報告されており、社会からも効果的な介入方法の開発 が期待されている。本研究ではこれまでの研究で得られた知見をもとに、実行系機能課題に取り組むだけというシンプルだが、エビデンスに基づいた新しい効果的な「予防的」感情制御方法の提案、更には感情制御能力訓練への応用可能性について検討する。 平成30年度は平成29年度に開始したワーキングメモリトレーニングが感情制御能力を向上させるかを検討する実験のデータを追加し、終了させた。その結果、3ヶ月間何も行わなかった統制群に比べ、ほぼ毎日5分~10分程度n-back課題を行っていたワーキングメモリトレーニング群では、トレーニング後、意図的な感情制御課題において、主観報告では不快感情の上向き、下向き制御がそれぞれはっきりと行えるようになり、心拍率については制御の方向に関係なく制御中の心拍率が統制群に比べ有意に低下した。また無意図的な感情制御課題として不快画像注視時の反応を測定したところ、主観報告、心拍率共に統制群に比べ有意に低い値となった。これらの結果から、ワーキングメモリトレーニングを日常的に行うことで、感情制御を難しくしている主な原因の1つである感情喚起時の生理的覚醒(動揺)の水準を自動的に低く抑えることが可能になり、感情制御を容易に行えるようにすることができる可能性が示された。今後、トレーニング前後に測定した脳活動についても詳細に検討を進め、この現象を支える神経基盤についても明らかにする。
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