研究課題/領域番号 |
16K17390
|
研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
藤田 雄飛 九州大学, 人間環境学研究院, 准教授 (90580738)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 人間諸科学的知 / 教育的価値 / 科学的実践 / 環境 |
研究実績の概要 |
本研究は、科学的な知の領域を科学者・研究者の知的な営為に閉じること無く、人々の日常的な実践を含めたものへと拡張することをめざしている。それによって、ある社会状況における諸実践や人間諸科学における諸言説の絡まり合いのなかでこそ、教育そのものを巡る知とそれを実在として捉える様式が生成してくることを示す。 以上のような関心から、本研究ではこれまで授乳時の小さな子どもを巡る様々な実践のうちで発達や成長という概念がどのように構築されていくのかを研究目的に置いてきたが、令和元年度は対象とする具体的な教育実践領域を今日的文脈へと拡張し、特別支援教育を含めて研究を行う可能性について検討を行った。 まず、特別支援教育における発達や成長については、教育実践者がどのように思考しているかを明らかにするために、嬉野特別支援学校を訪問している。定型の成長・発達とは異なって、障害を持った子どもたちがそれぞれの環境との間で調整を行い、少しずつ変容していくことを援助することとして教育を捉えるなかで、人間と環境の双方が微調整を繰り返しながら変わっていく可能性が示された。 また、成長・発達を実践的な活動のなかで生じる、人間と環境の相互的な変容として捉え直すことへと問題関心を拡張していく必要性が新たに生じてきた。そのため、この図式を理論的に構築するため、生物学者ユクスキュルが提示した環世界概念と人間の変容に関する理論研究を行っている。本年度は理論研究の必要性から、メルロ=ポンティの『自然講義』や『知覚の現象学』等の読解を通して、「環世界」概念を発達・成長を語るための思想として再検討する作業を行った。本研究の成果は、国際ジャーナル『Budhi:a journal of Ideas and Culture』に現在投稿中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は本研究が主たる目的としていた「子どもを巡る知」の生成に関する部分の論証とその論文化に至ることが出来なかった。教育的な価値の生成に関する思想史研究については、昨年度および一昨年度の成果論文のなかで示すことができて来ていると考えられるが、そこに科学的な知が絡み合っていくということについての論証は今年度に至っても課題のまま積み残す形となっている。特に、子どもの身体に向けられた様々な目差しを歴史学的に研究しているフランスのカトリーヌ・ロレの歴史人口動態学、それと関連する小児医学や子どもの発達や健康や身体測定に関する文献・資料の読解が今後の課題である。また、本年度は上記を一次史資料においても裏付けることを目指してフランスのアルシーブ・ナショナルを訪問する計画を当初予定していたが、コロナウィルスの感染拡大に伴う世界的な災禍の影響によって、その研究活動が実質的に不可能になってしまっている。 他方で、本研究が当初の研究を拡張するかたちで本年度に取り組んだ特別支援教育に関する研究では、あらたに環境と人間との関係性という観点から、成長・発達について検討する必要が出て来た。この研究領域においては河野哲也の特別支援教育に関する研究が存在しており、本研究にとっても重要な先行研究となっている。また、特別支援学校への訪問調査では、環境設計そのものが過剰に作用してしまうことで、子どもたちの身体的な活動の変容が疎外される可能性を見いだすことが出来た。こうした実践領域における子どもの身体に注目する研究については、当初の研究計画の想定を越えて進めてきている部分であり、今後計画そのものを補強するものとなると思われる。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究は子どもを巡る科学的な諸実践について検討することを課題としてきた。特に子どもの身体を巡る心理学、小児医学、教育学などの諸研究と諸実践は19世紀から20世紀にかけて、発達や成長などを一つの価値として位置づけることに貢献してきたと考えられる。ここまで、以上のことを明らかにするための理論研究を行ってきているが、本年度は上記の実践領域を特別支援教育まで拡大して検討することを目指す。また、発達に関する思想史研究をあらためて検討し、生物学や生態学、心理学などの概念とつき合わせて分析する必要がある。 また、特に本研究が取り組んできた小さな子どもを巡る科学的実践として、カトリーヌ・ロレをあらため取り上げる。彼女が明らかにしている19-20世紀フランスの子どもの健康を巡る医学的知や国際会議の動向は、子どもの身体を巡る教育実践を明らかにするためにも重要な作業と言える。 さらに、これまで取り組んできた文脈を総合し、本研究が目指してきた科学的実践の拡張について、思想や実践史、今日的実践から複合的に明らかにすることを目指す。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度は当初予定では最終年度にあたり、これまで研究してきた内容を裏付けるためにフランスにて資史料の確認をすることを予定していた。また、研究を取りまとめるとともに報告書を作成することになっていたが、研究関心および研究対象領域の拡張に伴って、新たな課題が現れてきたことによって、研究を1年間延長する必要が出た。また、裏付け資料の収集を予定していたところ、2020年に入って生じたコロナウィルスの世界的な流行と海外渡航制限と研究活動の遅延によって、研究自体が大きく遅れてしまう事態が生じたため、上記で予定していたような活動をすることができなかった。そのため、研究期間を延長すると共に、本年度予定していた活動を来年度以降に実施するために、繰り越しを行うこととなった。
|