研究課題/領域番号 |
16K17390
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
藤田 雄飛 九州大学, 人間環境学研究院, 教授 (90580738)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 科学的知 / 教育 |
研究実績の概要 |
本研究は、子どもという存在を対象とする科学的知が科学者や研究者という専門家による知的な営為によってのみ生じるのではなく、そこに不可避に実践され、生きられる人々の日常的な生の実践を含むということを確認することで、教育を巡る知の範囲を拡張することをめざしてきた。この点からは、成長は発達という概念をどのように用いるのか、あるいはどの点を対象として成長・発達を語るのかということを研究する必要があると言える。 令和2年度以降、コロナウイルスの世界的な蔓延に伴って教育実践領域についての研究が困難になったこともあり、理論的な研究を進めることへと転換してきたが、令和3年度も同様の理由から理論研究に限定して本研究を進めてきた。本年度は、科学的知あるいは医学的知によって定型発達とは異なるかたちで位置づけられてきた自閉症の人びとのあり方について、定型発達を自明とする社会的な規範への問い直しとして読み解く可能性について理論的な検討を行った(藤田雄飛「子どもの潜勢力を見出す試みの思想史」、『教育と医学』No.804、慶應義塾大学出版会、pp2-9、2021)。ジョルジュ・アガンベンの潜勢力概念をそのまま自閉症者の生として描くことは困難を含んでいるが、資本主義的な価値観が定型発達を自明視する枠組みのもとでこれまでの成長概念に不可避に取り込まれてきたことを指摘することには依然として意義がある。また、本研究の社会的な成果として『教育と医学』誌(慶應大学出版会、2022年)の第70号の責任編集を担当し、「今、教育現場のリアリティとその支援」と題した特集号に携わっている。同号では巻頭言「「学び」を守るために、今立ち止まって考える」を執筆しており、コロナ禍の教育実践の場に立ち返って見えてくる近代教育と地続きだった教育の論理を問い直す可能性について検討を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2021年度においても「子ども」を対象とする科学的知のあり方とそこから析出する教育的な志向あるい教育的な概念装置に関する歴史的な視点および実践的な視点からの研究は十分に進めることができなかった。特に、子どもの身体に向けられた思想史的あるいは歴史学的研究を進める必要があると認識しているが、一昨年度以降、コロナウィルスの感染拡大に伴う世界的な災禍の影響によって一次史資料の収集や調査が実際上不可能であることから延期してきている。なお、2022年度は渡欧のための準備が整い次第、フランスのアルシーブ・ナショナルやフランス国立図書館BNFでの史資料の閲覧、さらには教育実践の場での言説研究などを通して研究を進めることとしたい。また、これまでは実践領域として通常の学級などの教育現場を想定してきたが、2022年度の渡仏に際して多文化状況にあるクラスを研究対象とすることで、発達概念についてもどのような学問的知の影響を蒙るのかについて検討を行う。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の開始時において取り組んでいた教育的な価値の生成に関する思想史研究については、再度その点に立ち返る必要があると考える。特にミシェル・フーコーの講義集成『精神医学の権力』については、教育的な価値観が現れ出てきた場面として精神医学的知と教育実践との関係を分析することが可能である。特に研究当初の問題関心にあった、19-20世紀フランスの子どもの健康を巡る医学的知や国際会議の動向について検討するためにも、フーコーの「規律権力」あるいは「生権力」の枠組みのもとで、講義集成をあらたに検討することで、発達や成長を巡る教育学上も重要な視点を明らかにすることが可能になると予測される。なお、課題として実践領域における科学的な知の絡み合いについての論証はいまだに積み残したままとなっている。特に、本研究では科学というものの存在領域を科学者の知的営為から拡張し、人々の実践へと接続することを目指してきているが、そうした視点からの実践の分析についてはまだ充分とは言い難い。ウィズ・コロナの状況において海外での調査研究が可能になると予測されるため、想定した史資料の収集のための海外での調査を実現するとともに、海外における教育実践の場における科学的知に関する調査を2022年度の研究として遂行する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度に引き続き、2021年度もフランスでの資史料の収集と確認および教育実践の場での言説研究を行うことを予定していたが、コロナウイルスの感染状況と新株による新たな感染拡大によって調査研究が困難になった。同様の状況下で研究関心および研究領域についての再検討が余儀なくされたため、理論研究を中心とした研究へと視点を変更してきている。上記の状況のため、研究をさらに1年間延長する必要が出た。フランスでの資史料の収集については、2021年度においてもコロナウィルスの度重なる流行と海外渡航制限によって、大幅な遅れが出たことを否めない。一方で、一般向けの学術誌におけるコロナ禍の教育現場の「今」に関する論文および責任編集の機会を得たことで、現代の新たな状況下における教育現場の変容に関する視点が開かれてきた点は収穫とも言える。研究自体は大きく遅れてしまったため研究期間を再度延長することとなったが、新たに問題関心として芽生えてきた教育現場の変容を海外の現状も合わせて検討するなかで、どのような学術的な知が導入されるのかについても研究を進めるため、海外での調査に着手しながら研究を遂行する予定である。
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