研究課題/領域番号 |
16K17398
|
研究機関 | 滋賀大学 |
研究代表者 |
羽山 裕子 滋賀大学, 教育学部, 講師 (20737192)
|
研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | Learning Disabilities / early intervention / 学習障害 / 特別支援 |
研究実績の概要 |
平成29年度の主要な研究実績は次の二点である。一点目の実績としては、1970年代後半のミネソタ大学で開発された「データに基づくプログラム修正(Data-based Program Modification)」の分析を行った。「データに基づくプログラム修正」は、ミネソタ大学の研究者とミネソタ州の公立学校関係者とが共同で生み出した学習障害児への支援提供の仕組みであり、1980年代のミネソタ大学学習障害研究所の研究の前段階と言える成果を残している。分析の結果、「データに基づくプログラム修正」の時点では、悉皆性のある学習障害発見手法を構築しようという志向性は見られないことが明らかになった。これは、学習障害児の早期発見を教員や保護者の見立てに委ねることに危惧を示す1980年代以降のミネソタ大学学習障害研究所の立場とは異なるものであった。ただし、指導過程で継続的に子どもの進捗を数値化して、その変化によって指導の修正を試みる点は、後の研究と共通するものであった。 二点目の実績は、先行研究の分析および資料の所在確認を行ったことである。作業の結果、本研究の注目する1970~80年代の学習障害児に対する学校内支援枠組み構築の取り組みは、中西部の州に多くの取り組みが見られること、ただし、その中で州ごとに資料の保管状態に差があることが判明した。具体的にはミネソタ州のように州立大学が研究主体となっているケースではマイクロフィルム等の形で大学図書館に報告書が現存しているのに対して、アイオワ州のように自治体が研究主体となっているケースでは、資料保管期間の満了に伴い、一部資料が廃棄されていることがわかった。 なお、補助的な研究として、学習障害児の通常学校適応上の一つの課題と考えられる、言語系教科のカリキュラムに注目し、障害を持つ子どもに向けた配慮や変更がどのように実践されうるのかについて日米の事例を参照した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究はⅰ)学校現場における支援対象児識別に関する理論的基盤を解明すること、ⅱ)校内支援提供枠組の実態解明、ⅲ)学術的議論の到達点の再吟味、ⅳ)研究成果の相対化による、本研究の独自性の明確化の四点に取り組むことを計画している。このうち平成29年度は、ⅱ)、ⅲ)に取り組む計画であった。 当初計画から平成29年度の進捗が「やや遅れている」と判断した理由は、1)計画していた資料収集のための渡米が行えなかったため、および2)学術論文としてのアウトプットが年度内に行えなかったためである。1)について、当初の予定では、夏期あるいは春期の授業期間外に10日程度の調査を予定していたが、実習指導等の学生指導業務が授業期間外に断続的に発生することが年度開始以降に判明し、連続した調査日の確保が困難であることが明らかになった。また2)について、新任校における研究環境の整備(研究機材の調達と資料の移転・整理)期間が必要であったこと、また学位取得のための作業が年度最初の数か月にかかったため、年度前半に本研究の成果を論文化する時間が設けることが困難となった。そのため、「研究実績」に示したように既有資料の分析からⅱ)、ⅲ)にあたるような作業を進めていたにもかかわらず、年度内に学術論文として成果につなげられなかった。 以上のような課題が残る一方で、年度当初に予定していなかった成果として、アメリカ合衆国の小学校現場における障害児支援体制に関する知見の交流を行うため、2015-16年度に同国にて継続的な学校観察を実施した研究者を講師に招き研究会を実施した(2018年2月9日於滋賀大学)。また、「研究実績」に示した研究活動の成果として、学術論文ではないものの、通常学校での障害児対応について一般書籍に執筆(書籍業績①)し、また知的障害児向けの言語系カリキュラムに関する書評(論文業績①)を執筆した。
|
今後の研究の推進方策 |
平成29年度の状況をふまえて、平成30年度に進捗の遅れを取り戻す計画は以下の通りである。まず資料収集に関しては、申請時の研究計画や平成29年度当初の修正案に示していたような複数州まとめた長期出張方針を改め、短期出張を複数回実施する対案も想定することとした。これにより、8月中旬や3月初旬といった中程度の学務繁忙期において、調査を敢行できる可能性が見いだされる。また成果発表に関しては、既に平成29年度後半に学術論文の執筆と投稿を行っており、今年度もこれを継続する。その際、総合的な知見の提供のみに拘らず、個別の州レベルであっても、資料の分析が完了したところで発表や論文化を試み、議論を深めることを目指す。 また、当初より平成30年度に予定していたⅳ)研究成果の相対化による、本研究の独自性の明確化についても取り組みを進める。この際、本研究と同じ対象を扱う先行研究は少数であるため、現在のアメリカにおける学習障害児の校内支援体制を検討する研究も視野に入れて、そこでの知見と1970~80年代の源流を分析した本研究での知見とを比較することを行いたい。 なお、「研究実績の概要」に記した補助的な研究の成果として、日米両国において知的障害児を対象としては教育内容変更を伴った別立てカリキュラムが複数提案されていることが明らかになっている。これら事例から通常学校における障害のある子どもたちの教育内容設定に関する視点を得つつ、特にアメリカにおいて、本研究の注目する1970~80年代に障害児向け教育目標一覧の萌芽的な発想が既に存在したのかどうか、また、知的障害を伴わない学習障害児に対する配慮の構想が存在したのかどうかの調査を継続することで、本研究の対象とする学校内支援枠組みの実践可能性検討に示唆を得る可能性を探っていきたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度に交付された研究費の一部が、以下の二点の理由により次年度に繰り越された。一点目は、平成28年度から平成29年度へと延期されたアメリカ合衆国での資料収集が、再び延期を余儀なくされたことである。これにより、海外出張旅費予定分が全額次年度使用分に移された。二点目は、海外調査が遂行できないことに伴ってノートパソコン購入の緊急性が下がったことから、価格やセキュリティ面の再検討の期間を設けるため、年度中の購入は見合わせたことである。 平成29年度執行予定の研究費のうち平成30年度の使用に移した金額については、以下のように執行していく計画である。平成29年度の海外旅費予定分(うち一部は平成28年度分より繰り越し)は、平成30年度実施予定のアメリカ合衆国における資料収集費用とする。単一年度の出張費用としては当初の額を大幅に上回るが、「現在までの進捗状況」に述べたような事情により、渡航を複数回に分割せざるを得ない可能性が生じたため、旅費として繰り越した金額分は全て、平成30年度も旅費として振り分けることにした 平成29年度の消耗品費予定分および国内旅費予定分については、平成30年度の同費目として振り分けた。昨年度は研究進捗の遅れにより、記録媒体の購入や情報カードの購入が予定を下回ったが、今年度はこれらに充てる額の増加が見込まれることから、同費目による繰り越すこととした。
|