本研究は、戦後初期における小学校社会科学習指導の確立過程について、文部省教科書局教材研究課長であり、学習指導要領編纂の総責任者を務めた心理学者である青木誠四郎(1894-1953)の「児童研究」論が当時の実践に与えた影響の分析を通して明らかにするものである。 最終年度である本年度は、平成28、29年度に行った青木誠四郎と長野師範学校男子部附属小学校(以下、長野男子附小)に関わる史料収集を継続するとともに、長野男子附小における成立期社会科の学習指導の確立に果たした「児童研究」の役割を解明することを目的とした。具体的には、(1)長野男子附小の社会科学習指導研究への青木の関与の解明、(2)長野男子附小の社会科学習指導研究における青木の社会科教育論の役割の解明、という2つの課題に取り組んだ。その結果、次の3つのことが明らかになった。(1)学校日誌や職員会誌等から長野男子附小への青木の指導日時と指導内容を特定し、それらを整理すると、青木による社会科に関わる指導は,社会科一般論,社会科学習効果判定,社会科学習指導のための児童研究に大別されたこと。(2)当時、全国の教師たちがなかなか着手できなかった社会科効果研究に対して、長野男子附小は、青木の指導下で国民学校期から成績考察研究を継続させていたことで,1947年秋から1948年はじめの時点で着手できたこと。(3)長野男子附小は,青木の指導下で1949年度指定文部省実験学校として取り組んだ社会科学習指導のための児童研究が,1950~1952年度に社会科指導法を確立する過程で重要な役割を果たしたこと。
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