本研究の目的は、芸術教育の成果の捉え難さを明らかにすることである。 最終年度となる本年度は、芸術教育における「表現」概念の検討を通して、子どもの「表現」を評価することの困難性について考究した。その成果は、以下の2点に整理される。 まず、子どもたちの「表現」を評価するためには、「(表現された)作品」と「感情」との関係を詳らかに整理することが必要である。近代美学や芸術哲学の領域において,「感情」や「情緒」は芸術(作品)の必要部分とされてきたし、芸術における最も重要な部分とされることもある。ただし、作品と感情をめぐる議論には、「芸術作品には人間の感情が表現されている」と考える立場から、「芸術作品は人間の感情表現とは無関係である」とみる立場まで様々である。更に、これらの立場を芸術教育の枠内で検討する際には、「表現」と「鑑賞」の側面から、「作品」の捉え方についての検討が必要だろう。いずれにせよ、作品と感情との関係性をどのように想定するかによって、主体的な表現の成立基盤、そして鑑賞教育の前提をも疑いうる議論となる。 また、芸術教育において「表現」を適切に理解するためには、子どもの内面世界に接近し、人間形成という広い枠組みの中で考察する必要がある。子どもたちの表現の「思いや意図」を理解し評価するためには、表現のために思考したり判断したりしたことを言語や記号等で外化させることが必要であるが、その一方で、言葉にできない思いがあるからこそ音楽や絵画等により表現するわけである。このように、「表現」を理解することには限界が認められるものの、子どもたちの内面世界へ接近するためのアプローチは続けられるべきである。そのためには、根拠のない推測ではなく、実際に現れている「表現」から、「思いや意図」を導き出すことができるような工夫が必要なのである。
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