非平衡系におけるダイナミクスとして,マイクロメートルサイズの油滴が界面活性剤水溶液中を自己駆動する現象が注目されている。本現象は,油滴表面において界面張力が不均一であることに起因して油滴内外に対流構造が形成されることによるものと推定されている。このようなダイナミクスは,電場や磁場などの外場を必要としない,省エネルギー型の物質輸送システムへの応用の観点からも注目を集めている。しかし,系を構成する成分の分子変換や,それらの間にはたらく相互作用といった有機化学的な視点から油滴ダイナミクスを制御しようとする試みはほとんどなされていない。そこで本研究では,自己駆動する油滴を用いた新たな物質輸送システムの構築を目的に,分子レベルからマクロな油滴の駆動モードを制御する可能性について検討を行った。最終年度である本年度においては,以下2点の現象を見出した。 ①油滴が自己駆動するための要件を明らかにする目的で,疎水性のアルキンと水溶性のアジドによるヒュスゲン環化反応により界面活性剤の生成にともなって油滴が駆動を開始するシステムを構築した。界面活性剤の生成量の見積もりと,その濃度での油水界面張力の測定および駆動を開始する前後での油滴周囲の流れ場の解析結果から,界面活性剤の生成により油滴表面の界面張力が局所的に低下することで対流が生じ,生成量が増えてくると徐々に一様な流れを形成して,それが一定以上の強さになると油滴は駆動する,という機構が推定された。 ②油滴の駆動方向を制御する目的で,酸性,塩基性のいずれにおいても界面活性を示すフマル酸誘導体を新たに合成した。これと非イオン性界面活性剤を用いてベンズアルデヒド誘導体を分散させた試料をマイクロ流路内に加えて,片側から酸性あるいは塩基性水溶液を添加したところ,いずれの条件でも油滴はそのpH勾配に応答して水溶液を添加した側へ駆動することを見出した。
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