本研究では、鉄系超伝導体の臨界電流特性の向上を目指し、BaFe2As2を母物質とする3つの鉄系超伝導体Ba1-xKxFe2As2、Ba(Fe1-xCox)2As2、BaFe2(As1-xPx)2について、単結晶試料を用いた超伝導特性評価を行った。特に、臨界電流密度Jcの詳細なドーピング依存性を調べることで、3つの物質に共通して、やや不足ドーピング領域においてJcが大きく増強されることが明らかになった。この結果は、鉄系超伝導体の不足ドーピング領域にある反強磁性・斜方晶相がJc向上に寄与していることを強く示唆している。 このようなJc増大のメカニズムを明らかにするために、斜方晶相に起因する結晶の双晶ドメイン構造を除去(非双晶化)した試料を用いて、Jcの評価を行った。その結果、反強磁性・斜方晶相において結晶のa軸、b軸方向に対して、Jcの大きさが異なる(Jcに面内異方性がある)こと、また、非双晶化しても不足ドーピング領域でJcが大きく増大することが明らかになった。不足ドーピング領域の鉄系超伝導体について、超伝導状態において面内異方性が存在することを直接観測した重要な成果である。またJcの向上は、双晶ドメイン構造ではなく、より微視的な反強磁性と超伝導の共存・競合によってもたらされることが示唆される。 上記の知見に基づき、パウダー・イン・チューブ(PIT)法を用いた鉄系超伝導線材の作製および臨界電流特性評価を行った。最も高いJcが得られたBa1-xKxFe2As2について、K濃度xの異なる超伝導原料粉末(x = 0.3および0.4)を採用した。鉄系線材のJcについて、x = 0.3(不足ドーピング)の方がx = 0.4(最適ドーピング)に比べて、低磁場領域ではより高いJcを示した。粒間結合の改善により、x = 0.3の線材のJcが大きく向上する可能性を見出した。
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