研究実績の概要 |
今年度の前半は, 昨年度に引き続き1元体上の楕円曲線のHall代数について研究し, プレプリント [1] にまとめた. Ringel-Hall代数は有限体k上のfinitaryなアーベル圏Aから定まる結合代数で, Aの大域次元が1であれば位相的Hopf代数の構造を持つ. 特にAとしてk上の楕円曲線Cの連接層のなす圏を取ると, 得られるHall代数のDrinfeldダブルUが量子トロイダル代数と代数同型であることが知られている. この代数Uは2つのパラメータqとtに依存する. このパラメータは楕円曲線CのHurwitzゼータ関数の零点とみなすことができ, 有限体kの位数pとはp=q/tの関係にある. 今回の研究ではt=qの場合を扱った. 代数UはFock表現とよばれる無限次元表現を持つが, このt=qの場合のFock表現は, Schur対称函数を基底とする対称函数の空間との同型を明示的に構成することができ, 一般的なパラメータの場合よりも分かりやすい対象のはずである. 一方で, t=qの場合のUは2次元実トーラスのTuraev skein代数と同型であることが近年のMortonとSamuelsonの仕事で示されている. 今回の研究ではこの同型が楕円曲線と実トーラスのホモロジー的ミラー対称性のF1類似とみなせることを明らかにした. また後半はオペラッド上の代数に対する半無限ホモロジー代数の理論を研究し, プレプリント [2] にまとめた. [1] Shintarou Yanagida, "Elliptic Hall algebra over F1", preprint, arXiv:1708.08881. [2] Shintarou Yanagida, "Operadic semi-infinite homology", preprint, arXiv:1803.11144.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1元体上のHall代数については, 本研究課題申請時には予定になかったトピックだが, 申請時にあげた楕円曲線上のHall代数のパラメータ特殊化に関する話題であり, 研究成果を出せたことに満足している. パラメータの特殊化は楕円曲線の定義体を変えることに相当しており, 特に t=q の場合は定義体が1元体の場合なので, 従来のHall代数の定義では直接は扱えないものだった. 今回の研究でF1上の代数幾何の比較的簡単な応用としてそのような対象が扱えることが分かったので, 少し進展があったといえる. またTuraevのskein代数についても, 僅かではあるが知見を深められた. skein代数は1980年代後半に現れた様々な「量子化」の産物であるが, 近年まであまり注目されていなかったような印象を受ける. 特に表現論的な扱いや代数幾何学的な扱いについては皆無で, 今回のミラー対称性のF1類似の構成はskein代数の研究に新しい視点を与えるもののはずである. 一方で, Turaevのskein代数については未だ不明な点が多く, 特に定義関係式であるskein関係式の幾何学的ないし表現論的意味を明らかにすることは重要な問題である. 半無限ホモロジー代数についても, やはり申請時に予定していなかった話題だが, モジュライ空間の代数幾何学と無限次元代数に関わる問題であり, 今回の研究で得られた知見, 特に一般のオペラッドに対する半無限複体の構成, が幾何学的な研究に役立つことを期待している。
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今後の研究の推進方策 |
今年度前半に行ったF1上のHall代数の研究の発展として, 相対的なHall代数の枠組みを構築することを研究目標とする. 従来のHall代数は固定された(有限)体上定義されたアーベル圏から構成するもので, 例えば代数多様体上の連接層のなす圏であれば, 代数多様体は1つ固定して考えるものであった. そこで設定を相対化して, アーベル圏の族ないし層, つまりスタックからHall代数の族ないし層を構成することを考える. 代数多様体の場合であれば, 1つの多様体ではなく多様体の族を考えることに相当する, そのような相対的なHall代数の枠組みであって, 次の2つの問題に適用できるようなものを構築したい. 1つめは, 楕円曲線のHall代数のパラメータ特殊化について, 今年度扱った t=q の場合に限らず, 他のいろいろな場合, 例えばHall-Littlewood対称函数と関係する特殊化 q=0 や, あるいは極限操作, 例えばJack対称函数と関係するt=q^bでqを1にする極限, を扱う問題. ここで上げた特殊化や極限操作はMacdonald対称函数のパラメータの特殊化や極限操作として知られているものであり, 表現論や無限可積分系での深い知見が既に知られているので, 様々な視点からの研究が可能である. 2つめの問題は, 代数多様体の族で特異ファイバーがある場合にHall代数の族を構成する, というものである. 特異多様体上の連接層のなす圏には従来のHall代数の構成は適用できないので, 例えば多様体を平滑化して, 得られた滑らかな多様体上の連接層の圏からHall代数を構成する, といった操作が必要であるが, 相対的なHall代数の枠組みでそのような操作を上手く記述することを研究の目標とする.
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