研究課題/領域番号 |
16K17598
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
服部 広大 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 講師 (30586087)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | リッチ平坦多様体 / 超ケーラー多様体 / 距離空間 / 漸近錐 |
研究実績の概要 |
平成28年度は、非コンパクトな超ケーラー多様体の漸近錐のモジュライ空間について研究が前進した。超ケーラー多様体とは、特に標準束が自明となるケーラー多様体であるため、カラビ・ヤウ多様体の特殊な場合と見なすことができる。また、そのリーマン計量はリッチ平坦であることも知られている。 一般に、非コンパクトなリーマン多様体を無限の彼方から眺めることによって現れる距離空間を漸近錐と呼ぶ。すなわち、漸近錐はリーマン多様体の漸近挙動に関する情報を持った空間である。一般に、リッチ曲率が非負の完備リーマン多様体には必ず漸近錐が存在するが、一意とは限らない。しかし、ColdingとMinicozziによって、完備リッチ平坦多様体がある良い性質を満たせば漸近錐は一意に定まることを示した。この「良い性質」の一つは、体積の増大度に関する性質であるが、その性質を満たさない場合に一意性が崩れる例が存在することが研究代表者の以前の結果により知られている。 当該年度の研究では、この具体例に関して漸近錐全体のなすモジュライ空間の構造を完全に決定することができた。まず、一般に漸近錐の等長同型類のなすモジュライ空間は、位相空間の構造と自然なR+作用を持つことが知られている。ここでR+とは、正の実数全体からなる乗法群である。当該年度に研究したリッチ平坦多様体の漸近錐のモジュライ空間は、まず位相空間として円周と同相であり、さらにR+作用に関して6つの軌道を持つことが分かった。6つのうちの3つは作用の固定点であり、この点に対応する漸近錐は、任意の拡大と縮小で不変な距離空間である。残りの3つの軌道にはR+が自由に作用している。このように漸近錐が一意でない場合にそのモジュライ空間の全体像が完全に判明した例は、今までの研究でも例がない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
リッチ平坦多様体の漸近錐の一意性が成立しない例について、そのモジュライ空間の構造を調べるという研究には前例がない。これまでの研究で、一意性が成立しない例の存在は判明していたが、そのモジュライ空間の構造が完全に決定できることまでは期待していなかった。その理由は、研究がしやすく明示的に構成できるようなリッチ平坦多様体のほとんどは、漸近錐が一意に定まるものだからである。研究代表者が当該年度に取り扱った具体例は、Anderson、Kronheimer、LeBrunらによって構成された超ケーラー多様体であり、この多様体は明示的に構成されていて適度に扱いやすく、また適度に複雑な例を作り出せる稀有な具体例であったことから期待以上の成果を挙げることができたため、研究は計画以上に進展した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、ある特定の具体例に関して漸近錐のモジュライ空間を決定できた。さらに、その他の非常に多くの例についても、漸近錐のモジュライ空間の構造を決定するための準備を整えた。 モジュライ空間の決定のためには、主に次の二つのことを証明しなければならない。一つは、漸近錐として現れる距離空間の候補を列挙し、実際にそれらの距離空間に収束する縮小列が存在することを示し、そしてそれら以外に漸近錐が現れないことを証明することである。この点については平成28年度の研究において広いクラスの具体例に対して証明が完了している。二つ目は、そのように列挙した距離空間たちの中で、どれとどれが等長同型となるか、その条件を決定することである。これまでの研究において、その必要十分条件であろうと期待される条件を書き下すことは出来たが、それが実際に必要十分であることを証明するまでに至っていない。それを証明するためには、与えられた2つの距離空間を見分ける良い不変量を構成する必要がある。この問題意識は、本問題だけでなく距離空間論全般において重要な問いであると思われるので、その解決を目指すことが重要である。距離空間の不変量としては、局所的な不変量と大域的な不変量が考えられるが、どちらも目的のために有用と考えられるので、その両方を考えたい。 また、これまでの研究で取り扱った具体例は、トポロジカルタイプが1種類しかない。これと同様な議論ができる超ケーラー多様体を、別のトポロジカルタイプや高次元で考えることも重要な問題である。高次元の場合は、DancerとSwannによって構成されたベッチ数無限大のトーリック超ケーラー多様体がその候補となる。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外において開催される研究集会での研究発表のため、旅費を確保していたが、当該年度の前半においては研究内容が進展の途上であったため発表までには至らず、年度前半の研究集会参加を見送った。その結果、海外での研究発表のための出張回数が当初の予定よりも減少し、次年度使用額が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
研究上必要となる知識を習得し、最近の研究の動向を探るために、カラビ・ヤウ多様体と特殊ラグランジュ部分多様体に関する専門書籍を購入する。その他記録媒体などの購入のため、消耗品費を計上している。 研究補助として、データ解析等の作業を依頼するための謝金を計上している。 カラビ・ヤウ多様体と特殊ラグランジュ部分多様体に関する情報収集と研究討議、また研究成果の発表を目的として、国内および国外の研究集会に参加するため、旅費を計上している。
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