研究実績の概要 |
平成28年度の本研究では, 準射影代数多様体上の負のリッチ曲率を持つ完備ケーラー・アインシュタイン計量の境界挙動について, 対数的標準束の正値性の境界における退化と関連付けて考察した. 特に, 境界が一般型もしくはカラビ・ヤオ多様体の場合にそれぞれ次の成果が得られた. (1)境界が一般型の場合は前年度に, 境界上の特異ケーラー・アインシュタイン計量に境界に平行な方向では漸近する, という結果を得た. この成果については, 幾つかの学会やセミナーで講演する機会があった. その中で, 完備ケーラー・アインシュタイン計量の体積増大度によって, 境界の小平次元が特徴付けられるのではないかという予想を見出し, 実際に境界が一般型の場合に確認することができた. (2)境界がカラビ・ヤオである最も典型的な例である, 複素双曲多様体のトロイダルコンパクト化の場合には, N. Mokによって具体的な計算がなされている. その計算を参考に, 境界が一般のカラビ・ヤオである場合も, 完備ケーラー・アインシュタイン計量の良い参考計量を構成することができた. そのために, 境界の近傍のH. Grauertによる決定と, 境界上のカラビ・ヤオ計量, そしてコーシー・リーマン方程式の無限遠境界値問題を用いた. またその参考計量の正則断面曲率は非有界であるが, 発散のオーダーが決定できるなど良い性質を備えていることが確認できるため, 完備ケーラー・アインシュタイン計量に対応する複素モンジュ・アンペール方程式の解の評価に今後役立つと目論んでいる. 例えば, 構成した参考計量から, この方程式の境界の近くでの解を作ることはできた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
境界が一般のカラビ・ヤオ多様体である場合に, リッチ曲率が負の完備ケーラー・アインシュタイン計量の参考となる計量を構成することはできたが, 境界挙動と体積増大を決定するまでは至らなかった. それはケーラー・アインシュタイン計量に対応する複素モンジュ・アンペール方程式の解の評価が完全に得られなかったことに起因する. 特に解の減衰を導く下限の評価が困難で, そこに境界のリッチ平坦性が現れ, リッチ曲率が負である方程式に対する既存の手法(最大値原理など)だけでは克服できなかった. しかしこれまでの研究を鑑みると, 良い参考計量の存在が極めて重要であることは疑いの余地がないので, そこを達成したことは進展していることを意味していると思われる. また完備ケーラー・アインシュタイン計量の体積増大と境界の小平次元の関係に関する予想を見出し, 一般型の場合を実際に証明したことは, 幾何的性質と代数的性質の対応という意味で興味深いと思われる. この関係は当初の研究計画時点で予期していなかった発見である.
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今後の研究の推進方策 |
境界が一般のカラビ・ヤオ多様体である場合に, リッチ曲率が負の完備ケーラー・アインシュタイン計量の境界挙動と体積増大を決定するため, 対応する複素モンジュ・アンペール方程式の解の評価を行う. 特に境界のリッチ平坦性が現れる, 解の減衰を導く下限の評価が難点である. それを克服するため, リッチ平坦の場合の手段であるモーザー反復法や, Koehler-Kuhnelの完備リッチ平坦ケーラー計量の境界挙動に対する手法, 多重ポテンシャル論を応用することを考えている. また研究集会・セミナーなどに参加し, 関連する解の評価方法を学びたい. 更に, 国内外の近い分野の専門家と意見交換をすることも考えている. 今年度発見した完備ケーラー・アインシュタイン計量の体積増大と境界の小平次元の関係に対する予想を証明したい. これは当初の研究計画ではないが, 非常に関係している問題である. 一般型の場合の証明のように, ポテンシャル論がポイントになると目論んでいる. また今年度に取り組めなかった, ベルグマン核とカラテオドリー測度の間の定量的な不等式にも取り組みたい. 手始めに有界対称領域などの具体例から考察しようと思う.
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