研究課題/領域番号 |
16K17599
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研究機関 | 工学院大学 |
研究代表者 |
菊田 伸 工学院大学, 教育推進機構(公私立大学の部局等), 准教授 (40736790)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ケーラー・アインシュタイン計量の境界挙動 / ケーラー・アインシュタイン計量の体積増大度 / カラビ・ヤオ境界 / アーベル境界 / 小平次元 / 対数的標準束の正値性 / 複素双曲多様体のトロイダルコンパクト化 |
研究実績の概要 |
板東やTian-Yau等によって存在が証明された, 準射影代数多様体上の負のリッチ曲率を持つ概完備ケーラー・アインシュタイン計量に対し, 平成29年度の本研究ではその境界挙動を主に考察した. 特に, 「その計量の体積増大度を表す指数と, 対数的標準束の正値性の境界における退化度合いを測る小平次元が一致する」 という前年度発見した予想を, 境界がアーベル多様体やカラビ・ヤオ多様体の場合や, 中間小平次元を持つ具体例の場合に取り組み, 次の成果を得た: (1)境界が一般のカラビ・ヤオ多様体である場合に, 昨年度構成した参考計量に関する複素モンジュ・アンペール方程式を考えると, 参考計量の特殊性からその解のC^0評価を得ることができた. そしてその結果として, 上記予想の一部である「小平次元が0である場合, 指数0に対応する体積増大度を持つ」を示すことができた. (2)今考えているケーラー・アインシュタイン計量は一般に有界幾何を持たないと予想されるが, (1)における参考計量が有界幾何を持つことと, 境界がアーベル多様体であることが同値であると確認した. 従って境界がアーベル多様体の場合は, 有界幾何を持つ多様体上のD. Wuによる解析を適用することで, C^∞評価を導出できるだけでなく, ケーラー・アインシュタイン計量と参考計量とが無限位数で境界において一致することまで示せた. また境界挙動に関しては, ケーラー・アインシュタイン計量は境界に水平な方向では0に収束し, 拡大して考えると境界上のリッチ平坦計量に収束することが得られた. (3)(2)の後半の2つの事実は, 境界の近傍を複素双曲多様体のトロイダルコンパクト化における境界の近傍と同一視し, N.Mokの結果に帰着することでも得られる. この別証明は, 2次元の場合の小林亮一氏の議論を参考にしたものである.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
準射影代数多様体上のケーラー・アインシュタイン計量の体積増大度や境界挙動を, 境界の代数幾何的条件と関係付けて決定することが, 本研究の一つの目標である. 平成28年度には, 境界が一般型である場合に体積増大度や境界挙動を完全に決定した. 平成29年度は境界が一般のカラビ・ヤオ多様体のときに, 昨年度構成した参考計量を用いることで上述の体積増大に関する予想の一部を解決し, 体積増大度を決定することができた. しかし, 予想の残りである「指数0に対応する体積増大度の条件から小平次元が0を導く」ことや, 本来の目的である境界挙動を決定するまでには至らなかった. その重大な原因は, 一般の参考計量は有限幾何を持たず, 複素モンジュ・アンペール方程式の解析は非常に困難で, 解の高階の評価を自動的に導けないことである. 一方で, 特殊なカラビ・ヤオ多様体であるアーベル多様体が境界である場合は, 体積増大に関する予想の残りや境界挙動を完全に決定することが出来た. この結果が一般のカラビ・ヤオ境界であっても成り立つかどうかを解明することが今後の課題である. また平成29年度に更に進歩したことの一つに, 現在考察している準射影代数多様体で, 境界が中間の小平次元を持つ具体例の候補を見つけたことである. それはジーゲル多様体のトロイダルコンパクト化であり, そのベルグマン計量が有限幾何を持つケーラー・アインシュタイン計量を与える. また, その体積増大度はW. WangとYau-Zhangによって求められている. ただし, 実際にそれが我々の枠組みに含まれる例なのかを考察したが, 確かめ切ることはできなかった. 以上の理由から, 特殊な境界を持つ場合では研究目標に近づいており, 更に当初気付けなかった今後につながる新たな課題も見つかっているため, おおむね円滑に展開していると考えている.
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今後の研究の推進方策 |
境界が一般のカラビ・ヤオ多様体である場合に, ケーラー・アインシュタイン計量の境界挙動と体積増大度を決定するために, 前年度に構成した参考計量に関する複素モンジュ・アンペール方程式の解析を行う. 有限幾何ではないため一般論は存在しないが, この状況はケーラー・リッチ流の無限時間での特異性と酷似している. 例えば, ファイバーがアーベル多様体である多様体上のケーラー・リッチ流は, 時間に関して一様な高階評価が可能である(Fong-Zhang, Gross-Tosatti-Zhang). 一方で, ファイバーが一般のカラビ・ヤオ多様体である場合が我々の問題にしている状況に対応しているが, ケーラー・リッチ流では一様C^2評価まではTosatti-Weinkove-Yang, Tosatti-Zhangによって証明されている. この類似性に鑑みて, これらのケーラー・リッチ流の論文を参考に, 我々の境界挙動にも適用可能な議論を見つけ出すことを考えている. また上の進捗状況で述べた中間小平次元を持つ具体例の候補である, ジーゲル多様体のトロイダルコンパクト化上のケーラー・アインシュタイン計量(ベルグマン計量)が, 実際に我々の考察しているカテゴリーに属しているかを把握し, その後その境界挙動の明確な計算を行う. そしてこの例を中間小平次元の標準モデルと考え, 中間小平次元の境界を持つより一般の状況に応用し, 境界挙動や体積増大度を決定しようと目論んでいる. W. WangとYau-Zhangによって体積形式はある程度具体的に表示されているが, 境界上のヴェイユ・ピーターソン計量と境界挙動との関係を明らかにするまでには至っていないので, それをまず第一目標に考えている.
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度前半はセミナーや研究集会に積極的に出向き, 研究目標を達成するために研究情報を収集したり, 研究成果の講演を行った. 講演の中で, 聴衆の方から上述のジーゲル多様体のトロイダルコンパクト化について教わり, その後はあまり出張せずにそのコンパクト化の方法と計量の性質を理解することに集中して取り組む必要があった. それが大きな理由で, 計画していた当初の予算を使い切ることができなかった. 次年度の使用計画として, 今年度や次年度得た成果を発表するため, 講演出張の際の旅費や, 論文作成で用いるPCやその周辺機器の購入などとして予算を執行する. また研究目標に到達するために, 研究集会・セミナーなどに積極的に参加し, 関連する複素モンジュ・アンペール方程式の解析の手法やジーゲル多様体のトロイダルコンパクト化の最先端の研究を学んだり, 国内外のそれらの専門家と意見交換をする予定である. 更に, ジーゲル多様体のトロイダルコンパクト化の基礎を身につけるために参考図書や資料を購入する.
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