研究実績の概要 |
本研究の研究対象は, コンパクト複素多様体上の双正則自己同型写像による複素力学系である. 今年度は特にK3曲面に焦点をあて, 小池貴之氏との共同研究により, 有理曲面を用いたK3曲面の構成方法について考察した. 本研究では, 複素射影平面上で楕円曲線内の9点ブローアップで得られる2つの有理曲面を用意して, 2つの有理曲面を貼り合わせることでK3曲面が構成されることを示した. 具体的には, 有理曲面内の楕円曲線の法線束がディオファントス条件とよばれる条件を満たすとき, アーノルドの定理により楕円曲線の正則管状近傍が存在することが示され, この管状近傍をのりしろとして2つの有理曲面を貼り合わせることでK3曲面が構成される. 特筆すべき点は, 本構成方法によるK3曲面族の周期写像がほぼ計算可能であることと, 周期写像を用いてK3曲面族の次元が計算可能であることである. 具体的に, ディオファントス条件を満たす法線束を固定するK3曲面族は19次元となることが示されるが, ディオファントス条件を満たす法線束全体はピカール多様体内で測度1で存在するため, その意味で20次元に限りなく近いK3曲面族が構成されたことになる. 実際, 本構成によるK3曲面族は射影的ではないK3曲面を含む広いクラスの族となっている. 具体的記述の可能な有理曲面を用いて, 一般には具体的記述の困難な超越的K3曲面の記述を可能にした点は重要である. 特に, 射影的ではないK3曲面上の力学系やその現象を具体的に描写される可能性があるため, 今後の研究に期待される. 本研究成果は現在執筆中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
射影的ではないK3曲面についてはその具体的な記述が困難であるため, その上の双正則自己同型写像による複素力学系の解析は到底不可能であると考えられていた. しかしながら, 本構成方法によるK3曲面は具体的な記述が可能な有理曲面の貼り合わせにより構成しているため, 本研究の目的である双正則自己同型写像による複素力学系の解析が可能であると期待している. 本研究による構成方法はK3曲面に対して当初予定していなかった新しい見地を与える結果であると考えている. そのため, 当初の計画以上に進展していると結論づけた.
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今後の研究の推進方策 |
今後も複素曲面上の写像による力学系の研究を行う. 特に次年度は, 本研究によるK3曲面の構成を用いて, K3曲面上の力学系を具体的に記述していく. 例えば, マクマレンは超越的K3曲面上に, 位相的エントロピーが正となる自己同型写像を構成している. しかし, 彼の構成ではトレリの定理を本質的に用いているため, 自己同型写像のみならず, K3曲面すらも具体的に記述することが困難であった. そこで, 本研究で構成したK3曲面の範疇に入っていることが示されれば, 具体的な描写が可能となる. 当該範疇に入っているか否かを示す上で, ディオファントス条件を調べることが重要となる. 一般に, 与えられた法線束がディオファントス条件を満たすか否かを調べることは非常に困難である. しかしながら, マクマレンの構成したK3曲面の周期写像は代数体上で与えらるため, 超越数論の結果を応用してディオファントス条件を調べることが可能であると考えている. さらに, ディオファントス条件の仮定の下で楕円曲線の正則管状近傍を構成しているが, この管状近傍をペー関数等の特殊関数を用いて大域的に表現することで, 自己同型写像やその力学系的現象を具体的に記述していく.
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