研究課題
磁場を高感度、高空間分解能で測定する技術は、基礎物理分野や地球科学分野、医学分野などの幅広い領域で必要とされている。本研究では、極低温まで冷却されたアルカリ原子を光格子に閉じ込めることで、空間分解の高い超高感度な磁力計の開発を目指す。今年度は、Rb原子を磁気光学トラップ(MOT)により捕獲し、偏光勾配冷却(PGC)による更なる冷却を行い、その後光双極子力トラップ(ODT)、光格子に移行することを試みた。まず外部共振器型半導体レーザーから発振されたレーザー光をテーパーアンプに通すことで光強度を増幅し、MOTに使用した。音響光学素子を用いて光の周波数と強度を精密に調整し、MOTを行うための真空チャンバーに照射することで、Rb原子を捕獲することに成功した。しかし飛行時間法によって見積られた原子集団の温度が高く、この温度では十分な個数をODT、光格子に捕獲することができないため、PGCによる更なる冷却を行った。真空チャンバー周りに3軸の補正コイルを設置することで残留磁場を精密に制御し、レーザー光の周波数と強度を調整することにより、最終的に目標としていた温度まで原子集団を冷却することに成功した。次にこの冷却された原子集団に、ODT用のレーザー光を照射し捕獲することを行った。捕獲された原子の個数や寿命などの基本パラメータは吸収イメージング法によって見積ることができた。PGCにより冷却温度を改善したことにより、ODTによって捕獲された原子数が約200倍程度増強された結果を得ることができた。次にODT用のレーザー光をミラーで反射させることで光格子を形成し、吸収イメージング法で吸収画像を取得することに成功した。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、Rb原子をMOTにより捕獲し、PGCにより数10マイクロケルビンまで冷却を行い、ODT中と光格子中に多くの原子を効率よく移行することを目標としていた。この計画に対し、MOTにより原子を捕獲後、ヘルムホルツコイルによって残留磁場を精度よく補正し、PGCを効率よく働かせることで十分な温度まで原子を冷却することに成功した。光源の安定性の改善を行い、光の強度や周波数依存性について詳細に調べることで、効率の良い冷却方法を確立することができ、この効果によってODT中に原子を効率よく移行することが可能となった。また高感度磁場測定を行う上で重要となるコヒーレンス時間の見積りを行うため、ODT中での原子の捕獲時間の測定を行い、およそ数100ミリ秒のトラップ寿命を確認できた。これは真空チャンバー内の真空度を大きく改善したことによる効果と考えられる。現在のところ捕獲時間は、ODTに用いているファイバーレーザー光の強度による散乱レートに依存しているため、焦点位置でのビームウェストを広くし、捕獲個数を維持しつつ散乱レートを下げることで数秒程度には改善することが可能である。さらに光格子中に原子を捕獲することに成功し、その画像を吸収イメージング法によって撮影することができた。吸収画像から十分な原子数が光格子中に捕獲されていることが分かった。これらの結果は期待された通りの成果であるため、研究は概ね計画通りに進行していると考えられる。
今後の研究の推進方策として、光格子中に捕獲された原子を用いて非線形磁気光学回転(NMOR)の測定を行い、どの程度の感度と空間分解能を達成できるかの評価を行う。これまでの研究で、光格子中にRb原子を十分な数捕獲することに成功しており、信号強度としては十分な個数を達成している。光格子中の原子を通過してきたプローブ光の偏光面の回転度合いをロックイン検出器によって測定することで、磁場への感度を見積ることが可能となる。またこの実験に並行して、現在Rb蒸気セルを用いたNMORの測定を行っており、この測定技術を光格子に応用することで光格子磁力計の研究を推進し、蒸気セルによる磁力計との性能の比較を行う。研究を遂行する上で重要となる要素は、NMOR用の光源と光格子用のファイバーレーザー光源の強度の安定性を確保し、補正コイルによる地磁気、実験機器からの磁場を十分に抑制することにある。光源の強度の安定性についてはフィードバック回路を用いて改善することが可能であり、また磁場補正についてはヘルムホルツコイルを用いた消磁システムを構築することで改善を行う。さらにNMOR信号より磁場感度を見積ることができた後は、光格子を3次元へと拡張する。この実験セットアップについてはすでに導入しているため、光学系やパラメータの調整を行うことで3次元光格子を実現し、光格子磁力計の性能評価を行う。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 6件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
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