研究課題/領域番号 |
16K17727
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
吉澤 俊介 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 若手国際研究センター, ICYS 研究員 (60583276)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 超伝導 / 表面・界面物性 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、半導体表面に成長する原子層物質において、スピン軌道相互作用によりスピン分裂したバンドで超伝導が発現している「ラシュバ超伝導体」を新しく見出し、その特異な物性を電気伝導測定から明らかにすることであった。 平成28年度は、まだ開発されて間もなかった超高真空・磁場中・極低温電気伝導測定装置の不具合等を調整するとともに、効率よく測定を行うためのプログラム開発を行った。その後、装置の性能評価をかねて、シリコン表面インジウム原子層 Si(111)-(√7×√3)-In の面直・面内磁場中電気抵抗測定を行った。この物質は Tc が約 3 K の超伝導体である。角度分解光電子分光法ではバンドのスピン分裂は観測されておらず、スピン軌道相互作用の影響はあまり強くないと考えられていた。 測定の結果、磁場を面直にかけた場合、0.02 T ほどの小さな磁場で Tc の低下が顕著であり、0.3 T 程度で超伝導転移は観察されなくなった。これは軌道対破壊効果で説明できる。一方、磁場を正確に面内にかけた場合、現状の装置でかけられる最大磁場 5 T でも Tc の低下はわずかであった。絶対零度における上部臨界磁場を外挿により見積もると、パウリ極限を超える可能性が高いことが判明した。インジウム原子層の超伝導特性に、何らかの意味でスピン軌道相互作用が影響を及ぼしていると考えざるを得ず、この物質がラシュバ超伝導体である可能性も否定できない。現在、理論的に提案されている結晶構造モデルをもとに第一原理計算を行い、スピン軌道相互作用を考慮したバンド構造を調べ、実験結果の解釈を詰めている。 また関連研究として、有機分子蒸着によるインジウム原子層の超伝導特性制御や、走査トンネル顕微鏡(STM)による銅酸化物高温超伝導体の渦糸運動の解析も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新しい超伝導体は見つかっていないが、現在までの実験結果から、既に見つかっていた超伝導体においてスピン軌道相互作用の影響が無視できない可能性が強くなった。当初予期していなかった結果であるが、ラシュバ超伝導体の候補が見つかったという意味で、おおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
スピン軌道相互作用が強くはたらいていると考えられる鉛を含む原子層超伝導体でも電気伝導測定を行い、面内磁場の影響をインジウム原子層の場合と比較する。1 K 以下でのふるまいを詳細に測る必要があるため、クライオスタットの冷媒を 4He から 3He に交換し、 0.3 K 程度まで冷却できるよう改良する。また、これらの物質の超伝導状態を極低温 STM を用いて観察し、電子定在波や量子渦状態を丹念に調べ、スピン軌道相互作用やラシュバ効果に起因する現象を探す。 当初の狙いであった重い元素を含む新しい原子層超伝導体の探索も並行して行う。蒸着量と熱処理条件を変えながら安定な構造を見つけ、電気伝導測定により超伝導体であるかどうかを探る。結晶構造は低速電子回折(LEED)や STM などの実験手法と、第一原理計算を組み合わせて明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成28年度は、原子層超伝導体の物質探索を中心に行う予定であり、そのための蒸着源等を購入する計画だった。しかし、対照実験として行ったインジウム原子層物質の磁場中電気伝導測定において予期していなかった性質が見つかった。より詳細な磁場中電気伝導測定や STM 測定を行うことが先決であり、新物質探索はその状況や結果を見ながら進めるべきであると判断した。これらの物性測定装置が故障したりアップグレードが必要になったりする状況を想定し、蒸着源等も状況を見て購入を判断したほうが良いと考え、次年度に使用できるよう繰り越した。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度末に、磁場中電気伝導測定をより安全に効率的に行えるよう、一部の装置を別地区の実験室に移動した。その関係で不足する器具類が発生しているため、研究費の一部で揃え、万全の状態で研究を進められるようにする。また、STM 測定に必要な部品や基板等を購入する。実験には相当量の液体ヘリウムが必要となるため、その使用料に充てる。
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