本研究の目的は、半導体表面に成長する原子層物質において、スピン軌道相互作用によるバンドのスピン分裂を伴いかつ超伝導が発現しているような「ラシュバ超伝導体」を作製し、その特異な物性を電気伝導測定から明らかにすることであった。 平成28年度は、超高真空・磁場中電気伝導測定システムを調整し、その性能評価をかねて、Si(111)-(√7×√3)-In 超伝導体の面直・面内磁場中電気抵抗を測った。この物質では、先行研究でバンドのスピン分裂が観測されておらず、スピン軌道相互作用の影響が弱いと考えられていた。しかし、磁場を面内に正確にかけた場合、現在の装置でかけられる最大磁場である 5 T では超伝導を壊すことができず、絶対零度における上部臨界磁場はパウリ極限を超える可能性が高いことが判明した。 平成29年度は実験結果の解釈を行うため、第一原理計算を行い、この物質のエネルギーバンドがスピン分裂していることを示した。従来の角度分解光電子分光のエネルギー分解能ではスピン分裂が観測されなかった系であっても、現実にはスピン分裂が生じており、超伝導状態に影響をおよぼしていたと解釈できる。このことから、ラシュバ超伝導は、表面で生じる超伝導状態にかなり一般的な現象であることが示唆される。 また、バンド計算を行うに先だって、Si(111)-(√7×√3)-In の結晶構造の正確な決定にも成功した。この物質においては、走査トンネル顕微鏡で得られている像が第一原理計算からうまく再現できないという問題があったが、像が探針・試料間距離に強く依存するためであることを実験・計算の両面から見出した。さらに、実験データと第一原理計算結果を組み合わせた新しい解析方法により、表面インジウム層のひずみ分布の可視化にも成功した。以上の結果を、現在いくつかの論文にまとめているところである。
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