研究課題/領域番号 |
16K17729
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
辻 直人 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 研究員 (90647752)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 光物性 / 超伝導 / 非平衡 |
研究実績の概要 |
本年度は、s波超伝導体NbNの超伝導擬スピン共鳴における不純物効果の解析、および超伝導転移温度以上で光励起したときの超伝導ゆらぎの効果の解析を行った。 s波超伝導体においてテラヘルツ光を照射すると、テラヘルツ光の周波数を2倍したものが超伝導ギャップと一致するときに超伝導擬スピンがスピン共鳴を起こす。それに伴って巨大な三次高調波が発生し、共鳴的に増幅することが我々の以前の研究でわかっていた。三次高調波の共鳴には、ヒッグスモード由来の寄与と準粒子の個別励起による寄与の2種類が混在している。どちらの寄与が実際の実験で優勢かが問題となっていた。これまでは不純物のないクリーンな系を仮定して理論解析が行われていた。しかし、実験で用いられている超伝導体は一般に不純物を含んでおり、低エネルギー領域では不純物散乱が支配的であることがわかっている。そこで、自己無撞着ボルン近似を用いてNbN超伝導体における三次高調波共鳴の解析を行った。その結果、不純物散乱幅が超伝導ギャップを超えると、常磁性チャンネルが反磁性チャンネルよりも優勢になり、ヒッグスモードの寄与が支配的になることがわかった。これは、クリーンな系とは全く異なる振る舞いをすることを意味し、実験結果とも整合する。 また、超伝導転移温度以上の常伝導状態で光励起したときに超伝導が誘起されるという最近の実験に動機づけられ、超伝導ゆらぎが光励起によりどのように振る舞うかを調べた。解析方法として、時間依存ギンツブルグ・ランダウ方程式を用いた。その結果、光励起した後の緩和過程は二つの異なる緩和時間によって支配されることがわかった。各々の緩和時間で区切られた時間領域において特徴的は冪的または対数的な振る舞いが現れることもわかった。この結果は、光励起によって超伝導臨界領域が臨界点から離れたところにも拡張されたと解釈できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
s波超伝導体における擬スピン共鳴の最初の実験に対して不純物散乱の効果が重要であることがわかり、実験との整合性も含めて擬スピン共鳴の基礎を確立することができた。特に、三次高調波の共鳴的な増幅にヒッグスモードが支配的な寄与を与えることがこれまで以上に明らかになり、ヒッグスモードが実際の実験で観測されていることが疑いのない事実となった。これにより、超伝導体におけるヒッグスモードの物理がさらに広がっていくことが期待できる。s波超伝導体のNbNだけでなく、銅酸化物超伝導体や複数の超伝導ギャップをもつMgB2など、様々な超伝導体に対してヒッグスモードの探索が進んでいる。さらに、臨界温度以上の常伝導状態においても、超伝導ゆらぎを光励起によって制御することで新たな非平衡ダイナミクスを誘起する可能性が明らかになり、実験観測を含めて今後の発展が期待できる。 s波超伝導体NbNにおける電子格子相互作用を第一原理計算から評価する解析も進めている。超伝導擬スピン共鳴における電子格子相互作用の役割は、まだわからない部分が大きい。特に、軌道間の有効引力相互作用が軌道内と比較してどの程度の大きさかによって、三次高調波共鳴の偏光角度依存性が変わってくる。解析に際して、フォノンの第一原理計算の専門家と協力して、フォノンのバンド計算や電子格子相互作用の第一原理的評価を行なっている。超伝導擬スピンに対するベリー位相の効果は、本年度はまだ解析を進めている段階である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の進め方としては、s波超伝導体NbNの擬スピンダイナミクスに電子格子相互作用がどのように寄与しているかを調べる。そのために、本年度に引き続きフォノンのバンド計算や電子格子相互作用の第一原理からの評価を進める。得られた結果をもとにNbNの有効低エネルギー模型を構築し、ケルディッシュ形式に基づいて三次高調波共鳴の振る舞いを理論解析する。不純物散乱の効果も自己無撞着ボルン近似を用いて取り込む。三次高調波の寄与を常磁性チャンネルと反磁性チャンネルに分類し、ヒッグスモードと準粒子励起の寄与を区別して実験結果と比較する。また、NbN超伝導体以外にも、多軌道超伝導体であるMgB2についても超伝導擬スピンの解析を進める。多層系超伝導体において層間でジョセフソン結合している状態で、超伝導擬スピンの歳差運動をいかにして同期させることができるかを平均場近似をもとに解析する。 超伝導擬スピンにおけるベリー位相の効果も引き続き研究を進める。電子がペアで実空間をホッピングするモデルである引力型ペンソン・コルブモデルを光で駆動した時の非平衡ダイナミクスを解析する。光によってクーパー対に働くベリー位相を誘起することで、超伝導擬スピンの間にジャロシンスキー・守谷型の相互作用を発生させることができないかを追究する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 海外の共同研究者が日本へ訪問したため、当初予定していた、共同研究のためのスイスのフリブール大学への訪問を行わなかった。そのため本年度の旅費の支出が抑えられた。 (計画) 次年度は成果発表のためいくつかの国際会議に参加することを予定しており、旅費の一部として使用する計画である。
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