研究課題/領域番号 |
16K17739
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
田縁 俊光 東京大学, 物性研究所, 助教 (10771090)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 原子層超伝導 / 鉄系超伝導 |
研究実績の概要 |
本研究課題は機械的剥離を用いて原子層高温超伝導体の作製を実現することとその物理的特性評価を行うことを目的としている。平成29年度は2年目であり、磁場中輸送特性評価を行うことを目的とした。本研究の対象物質であるFeSeは機械的剥離によって単層膜を作製した例がなく、困難である。実際グラフェン以外の物質で機械的剥離を用いた単層膜作製の例は非常に乏しい。そこで比較的厚い100 nm程度以下の薄膜試料をまず機械的剥離によって作製し、その後イオン液体を用いた電気化学的反応を用いたエッチングによって薄膜化の技術を確立し、同時に各膜厚における試料の特性評価を行うこと、そして最終的には単層膜を得る手法を確立することを主要な目的のひとつとしている。これを実現するため、まず研究例が豊富で、すでに単層膜が得られることが知られているグラファイトを用いて、機械的剥離によって比較的厚い薄膜試料を作製し、それにおいて磁場中輸送特性評価を行うことを当面の課題とし、実際にその系においていくつかの成果を得ることに成功した。具体的にはグラファイト結晶を機械的剥離によって薄膜化し、比較的厚い試料においてもシリコン基板上への転写、輸送特性の評価が可能となるような電界効果トランジスタのデバイス構造を電子線リソグラフィ技術によって作製することに成功した。この成功によって最終年度に実際にFeSe薄膜を実現することが期待でき、整備を進めている横型ヘリウムフロー型クライオスタットと組み合わせることで様々な条件での試料の評価を推進していくことが可能となった状況である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では従来の分子線エピタキシー法やパルスレーザー堆積法といった大型の薄膜作製装置を用いたものではなく、機械的剥離を用いた試料作製によって比較的厚い薄膜試料を作製し、それに対してイオン液体を滴下し、電気化学的反応を用いてさらなる薄膜化を行おうとするものである。大型装置に頼らないことによって研究分野の裾野が広がるばかりでなく、超伝導転移する試料を得るための本質的な点が明らかになることが期待される。一方、グラファイトの原子層薄膜であるグラフェンはそのような手法で超薄膜を作製することはなく、通常、機械的剥離のみで作製される。ところが、面内結合と面間結合の比あるいは結晶の剛性の差のために、機械的剥離のみで単層膜を得られる物質群は非常に限られている。実際に一例としてトポロジカル絶縁体の薄膜試料は機械的剥離による方法で高品質な単層膜を得た例が乏しい。本研究の対象物質であるFeSeもそのひとつであると考えられる。したがって、まず比較的厚い薄膜試料を機械的剥離によって作製し、それをデバイス構造にする技術が必要不可欠である。そこで、本研究において、研究例が豊富で特性が十分理解されているグラファイトを用いて比較的厚い試料の作製すること、及びその試料において輸送特性の測定を成功させることは重要であると考えられるため、これを当面の課題とした。本年度はそのような試料の作製及び磁場中輸送測定を主に行い、実際に成功した。このようにして確立した技術をFeSe薄膜に次年度適用することが可能となった。また、初年度に導入した横型ヘリウムフロー型クライオスタットを可搬型にできるよう、設備の整備を行った。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の主要な目的は機械的剥離を用いた試料作製においても高温超伝導を実現することであるため、最終年度の前半は薄膜試料作製の最適化を完遂させることに目的を絞って研究を行う。これまでに横型のヘリウムフロー型クライオスタットの整備によって効率的に試料評価を行う環境を整備してあるため、逐次的に基板上の試料をイオン液体によって薄膜化と輸送特性評価を行うことが可能である。具体的には比較的厚い試料を基板上に転写し、電界効果トランジスタのデバイス構造を作製する。これに対してイオン液体を滴下し、電位窓以下の電圧を印加することでキャリア数制御を行い、電位窓以上の電圧を印加しつつ漏れ電流を測定することによって電気化学的にエッチングされた試料の膜厚を見積もる。この2つを逐次的に繰り返し行うことによって各膜厚におけるゲート電圧依存性を調べ、超伝導転移が起こるための条件を明らかにする。また、最近の積層技術の進歩によって試料の平坦性を高めるためにヘキサゴナルボロンナイトライド(hBN)上に試料を載せた構造にして基板の影響を抑えることも容易になってきた。これは当初の予定にも含まれており、実際に実現できるよう進めていく。最終年度の後半はこれらの試料の磁場依存性を測定する。これによって薄膜超伝導特有の磁気相図がFeSe系でも共通であるか、あるいは異なる場合の原因を明らかにする。さらに、前年度挑戦できなかった単結晶試料合成を行う。これは関連物質Fe(Se,S)を合成し、FeSeと同様な薄膜を作製することで、指摘されている非自明なBerry位相と超伝導の関係を明らかにすることに貢献すると期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 本年度は試料作製を当面の課題とし、さらにそれらの大半が現在手元にある物品で賄えたため、物品購入を先送りにした。さらにアメリカ物理学会への参加を見送った。結果として次年度使用額が生じた。 (使用計画) これまでの結果を踏まえて試料の膜厚を評価するための計測装置が新たに必要となる可能性が高いため、次年度使用額はこれに充当する予定である。
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