多量の鉄隕石が地球に飛来したと思われる後期重爆撃期(~約38億年前)において、それらの隕石は海洋へ衝突したと考えられている。衝突時に放出される莫大なエネルギーと、含有する金属鉄による還元作用により、当時非還元的な分子(二酸化炭素、窒素、水等)が支配的であった過酷な地球の全球規模で多くの還元的有機分子を供給した可能性がある。我々はこの可能性を隕石衝突時に発生する衝撃波を再現するMulti-Scale Shock Techniqueと第一原理分子動力学法を組み合わせたマルチスケール衝撃波第一原理分子動力学法に基づく計算機シミュレーションにより原子レベルのミクロな観点から検証を行っている。 今年度は、昨年度までに準備を行っていた密度汎関数強束縛近似法に基づく分子動力学法も併用した。この手法を用いれば昨年度まで主として用いた密度汎関数法を基盤に置く分子動力学法に比べ1/10程度に計算時間を抑えることができ、懸念事項だった計算時間の制約を解消できる。 新たな手法を加え様々な条件下(初期の二酸化炭素の濃度、衝撃波エネルギー、計算モデル系の大きさ等)でシミュレーションを行ったが目標であったアミノ酸と核酸塩基の生成は起こらなかった。しかしこれらのパーツになる還元的な窒素・炭素源分子(アンモニア、炭化水素、カルボン酸)の生成機構に関しては詳細に明らかできたため化学反応式などの形でまとめて成果とした。 しかし、副産物も多く生じることが分かった。後期重爆撃期における鉄隕石の海洋衝突イベントが地球全球規模に(局所的に)還元的分子から成る『還元的環境』を提供し、初期の生命がその活動を行い易くしたかもしれない。だが、生命の代謝機構に見られるような『頑健性』及び『持続性』を持つ還元的分子生成機構は見られなかった。故に生命の発生過程の説明にはこれらの性質を有する別の機構を併せて考慮する必要があるかもしれない。
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