たんぱく質や細胞膜など、水中の分子集合体は、周囲の水との相互作用によって安定的な構造を保つとともに、機能発現においても、水との協同的な作用を利用している、と考えられている。このような分子集合体の周りの水について、その流動性をはじめとした力学的性状の理解進展は、ソフト機能材料の開発に活かされることにつながる他、生命現象の分子科学的理解も推し進めると期待される。このような視点の下、局所選択的な水の動的性状を計測可能な「動的核分極核磁気共鳴法(DNP-NMR法)」が、今世紀に入り注目されるようになってきた。 DNP-NMR法は、電子スピンと核スピン間のオーバーハウザー効果という量子論的相互作用により、電子スピン近傍のプロトンのNMRシグナルを増強するNMR計測法である。これまで、物理学者を中心に、この計測法の技術革新が進められてきた一方、近年では電子スピン源となる分子性ラジカルや三重項分子種の開発において、化学者も連携した研究が進むようになってきた。 分子集合体を取り囲む水の動的性状を計測するためのDNP-NMR法は、NMR緩和過程の計測によって行われる。現状では、種々の仮定をもって得られたデータを解析し、水分子の運動性状を推量してきた。この解析の信頼性を上げること、および応用可能性を高めることを目的に、機能的なラジカルプローブの開発を行うことが、本研究の目的である。 研究は、自作DNP-NMR計測装置の改良と、新たな「光照射によって形状を変化させるラジカルプローブ」の合成を並行して行った。ラジカルプローブの合成については、当初計画の通りには進めることができなかったものの、分子設計と合成経路を見直すことで、目的の機能を有するプローブの合成を達成した。現在得られつつある計測結果について、今後は物理学者との共同研究によって解釈を検討し、分子集合体を取り囲む水の運動性状を明らかにしていく。
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