本研究の目的は、芳香族炭化水素を過酸化水素で酸化可能な分子触媒を開発することである。特に、無置換のベンゼンなど、強い電子供与基や配向基を持たない基質を酸化できるニッケル錯体触媒について研究を進めた。初年度は、三座のピリジルアルキルアミンを支持配位子とするニッケル錯体を十数種合成して、それらの触媒活性について評価し、合成したニッケル錯体の大半は触媒活性を有することが明らかにした。検討の中で、反応の想定活性種である二核ニッケル三価-ビスミューオキシド錯体を著しく安定化する配位子系を見出した。この錯体を低温条件下(-60度)で結晶化することに成功し、その単結晶X線構造解析を行うことで分子構造を得た。さらに、この錯体の電子スピン共鳴スペクトルや磁化率の温度依存性についての情報を得ることで、この二錯体は、金属中心が強磁性的に相互作用する、非常に稀な電子構造を有する錯体であることを明らかにした。一般に、鉄やマンガンなどの高原子価二核錯体は反強磁性体として同定されているものが多く、本系は酸化反応における活性種の磁気的特性が反応に与える効果を解明する上で、貴重な情報を与える例である。 更に次年度の研究においては、この錯体の電子状態について計算科学的な検討を進め。この強磁性的相互作用の起源を明らかにした。成果はAngew. Chem. 誌へ掲載された。この錯体の反応性についても検討を進めており、速度論的な検討を中心とした反応機構についてのの考察を進めた。 また、ピリジン系配位子のみならずキノリン系配位子でも二核ニッケル三価ビスミューオキシド錯体が安定化できることを見出し、最終年度では主に、より安定なこちらの反応系を用いて、ニッケル錯体と各種芳香族化合物との反応における遷移状態についての考察を進めるための実験を進めた。こちらについても論文を準備中である。
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