研究課題/領域番号 |
16K17900
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
百合野 大雅 北海道大学, 工学研究院, 助教 (20771504)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 有機硫黄化合物 / 有機ケイ素還元剤 / イソシアニド / アリル位置換反応 / Pd触媒 |
研究実績の概要 |
硫黄原子は典型元素でありながら複数の酸化状態を安定に取ることができ、それぞれ異なる物性を持つことが知られている。有機硫黄化合物群の有効な活用のために、これらの異なる酸化状態を温和な条件のもとで相互変換するための方法論の開発が強く求められてきた。これまで、低原子価の有機硫黄化合物の簡便な酸化法が数多く開発されてきた一方、高原子価の有機硫黄化合物の還元については厳しい反応条件や環境負荷の大きな試薬を必要とし、さらなる改善が求められてきた。 このような背景のもと、申請者はスルホキシドの穏やかな還元反応による脱酸素化反応の実現に成功した。4,4'-ビピリジルの2電子還元により合成した有機ケイ素化合物を、アセトニトリル中でスルホキシド類に作用させることで、常温で対応するスルフィド類へと円滑に変換することに成功した。本反応は、中性条件で行うことが可能であり、また、水素雰囲気を必要とせず、Boc, Cbz, TBS, Acなどで保護されたアミンやアルコール部位を有するスルホキシド類に対しても、保護基の分解を伴うことなく脱酸素化反応を進行させることが可能であった。 また、これらの研究を進める過程で、申請者は触媒的なイソシアニドの新規合成法を見出すに至った。アリル位に適切な脱離基を有する求電子剤に対して、Pd触媒存在下、シアン化トリメチルシランを作用させることで、アリル位にイソニトリル基を有する化合物をほぼ定量的に得ることに成功した。これまでにも、シアン化物イオンを用いたイソシアニド化反応が複数報告されているが、その多くが毒性の強い金属シアン化物を用いる量論反応であり、実用的な有機合成法とは言い難かった。本反応は、比較的毒性の低いシアン化トリメチルシランを用いており、かつ、触媒量の遷移金属で実現できるため、非常に有用な合成反応であると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スルホキシドの脱酸素化反応については、当初の予定どおり順調に進捗していると言える。当該反応の基質適用範囲の拡張も含め、実用的な変換反応の実現に向けて着実に進んでいる。一方で、スルホンやホスフィンオキシドの脱酸素化については実現に至っておらず、さらなる検討が必要である。本反応の実現のためには、なんらかの工夫によりP=O結合、S=O結合の活性化を行なう必要がある。 一方、これらの研究を進める過程で、Pd触媒による直接的アリル位イソシアノ化反応の実現に成功した。イソシアニドは、Ugi反応などのペプチド合成反応などに多用される極めて有用な合成素子であり、有機合成化学の分野のみならず、分子生物学等の分野からも、その効率的供給法の開発が強く求められていた。さまざまな求電子剤に対してわずかな触媒量でシアン化物イオンを窒素求核剤として反応させるイソシアニドの合成反応は、多様なイソシアニドを自在に合成できる潜在的な可能性を有しており、実用化が強く望まれている有機合成反応である。これまでにも、エポキシドの開環や、3級アルコール誘導体のC-O結合の解離など、その数は少ないながらも、カルボカチオン等価体の形成を経由する触媒的イソシアノ化反応が報告されている。しかし、このような触媒反応は上記の二例のみに限られており、より多彩な求電子剤に対する触媒系の確立が急務であった。申請者が新たに見出した触媒的アリル位イソシアノ化反応は、従来の触媒系では成しえなかった求電子剤に対する反応であり、その重要性は疑いがない。また、詳細な反応条件の検討の過程で直鎖選択的に置換反応が進行する反応条件も見出しており、今後の発展が強く期待される反応であるといえる。 これらの状況を総合的に判断し、研究は概ね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
今回新たに見出した触媒的イソシアノ化反応について、重点的に研究を進める計画である。まず、アリル位イソシアノ化反応の反応機構を明らかにするため、詳細な検討を進める。本反応は、従来報告されてきたアリル位シアノ化反応と類似の反応条件でありながら、シアン化物イオンの求核部位が完全に入れ替わっており、特異な反応性を示していると言える。また、本反応の初期的な検討から、従来よく知られたPd(0)触媒による辻ーTrost型のアリル位変換反応を経由していないことが明らかとなっている。本反応の詳細な反応機構を明らかにすることによって、Pd触媒による新たなアリル化合物の活性化メカニズムを示せるのではないか、と期待している。また、条件を精密にコントロールすることにより、分岐鎖生成物選択的なアリル位イソシアノ化反応の実現にも着手したいと考えている。加えて、アリル位のみならず、ベンジル位やプロパルギル位など、類似の電子状態を有する求電子剤への、イソシアノ化反応の実現に向けて研究を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
2015年度末より新しい研究室に助教として着任した関係により、研究設備が大幅に変わった。必要としていたガラス器具や試薬の一部を新研究室の在庫を再利用、あるいは修理することでまかなうことができ、部分的に節約が可能であった。また、異動日の関係で、当初参加を予定していたICOMC2016(メルボルン)への参加を見送り、旅費の部分での大幅な節約となった。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度に繰り越した研究費については、新たに発見したイソシアノ化反応における試薬や消耗品の充足に重点的に利用しようと考えている。また、現在、本イソシアノ化反応についての最初の論文を作成中であり、本論文の投稿諸経費に充てる計画である。加えて、本申請書提出段階での所属先が大阪大学であった一方、現在の所属先が北海道大学であり、学会参加時の移動費が、当初の予定よりも高額となってしまっており、その充足にも活用したいと考えている。
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