研究課題/領域番号 |
16K18009
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉本 勇太 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (90772137)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 格子密度汎関数理論 / 毛管凝縮 / モンテカルロ直接シミュレーション法 / 実効拡散係数 / 固体高分子形燃料電池 |
研究実績の概要 |
本年度は,平均場格子気体モデル及びモンテカルロ直接シミュレーション(Direct simulation Monte Carlo, DSMC)法を用いて,多孔質材料内部における流体の相挙動及び輸送過程の大規模解析を行った.解析対象は,固体高分子形燃料電池(Polymer electrolyte fuel cell, PEFC)に用いられるマイクロポーラス層(Micro-porous layer, MPL)とした.MPL試料を集束イオンビームにより一辺32 nmの小片に切り出し,ナノX線CT装置を用いて輝度値を取得することで,三次元実構造データを構築した.なお,MPLの実構造データ取得は,技術研究組合FC-Cubicと共同で行った. 平均場格子気体モデルを用いて,MPL内部における気体の吸着・脱離過程をシミュレーションした結果,流体の相挙動はモデルの濡れ性パラメータと温度に関するパラメータに大きく依存することが分かった.また,固体壁が親水性の場合,直径の小さな細孔から順に毛管凝縮が発生し,MPLの実効空隙率が低下することを確認した.続いて,DSMC法を用いて,毛管凝縮により細孔が一部閉塞したMPL構造内部における酸素・窒素の相互拡散シミュレーションを行った.その結果,細孔が一部閉塞した状態では,乾燥状態に比べて,酸素の実効拡散係数が低下することを示した. また,毛管凝縮が気体輸送特性に及ぼす影響をより系統的に調べるために,球のランダム充填によって多孔質材料を作成し,上述と同様のシミュレーションを行った.その結果,毛管凝縮によって実効拡散係数が低下する一方,屈曲度に関しては,実効空隙率が同じであれば,乾燥構造と細孔が一部閉塞した構造でほとんど変わらないことを示した.本結果に関して,現在投稿論文の準備中である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,次年度実施予定であった,炭素系多孔質材料の実構造データを用いた大規模解析を先取りして行った.具体的には,平均場格子気体モデルとDSMC法を組み合わせることで,PEFCのMPL内部における毛管凝縮が気体輸送特性に及ぼす影響を検証した.その結果,平均場格子気体モデルを用いて毛管凝縮を解析し,それに伴う実効拡散係数の低下をDSMC法により定量化するという一連のプロセスを提示することに成功した.次年度実施する,炭素系メソ細孔内における気体の吸着・脱離の分子動力学(Molecular dynamics, MD)シミュレーションに基づいて,平均場格子気体モデルの精緻化を進めれば,PEFCの高電流密度での動作時における濃度過電圧を予測・制御する上で,有用な知見が得られるものと期待される. このように,本年度は,次年度と研究内容を入れ替えた形となっているが,次年度実施予定だった内容の枠組みを本年度で概ね構築できており,全体の進捗状況としては問題なく進行している.
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今後の研究の推進方策 |
平均場格子気体モデルの精緻化のために,MDシミュレーションを用いて,炭素系メソ細孔内における水の相変化を解析する.具体的には,温度・圧力等の熱力学的条件や細孔径・細孔長さ等の構造パラメータを変化させて水分子の吸着・脱離シミュレーションを行い,細孔内密度分布や吸着等温線等,平均場格子気体モデルの参照データを取得する.平均場格子気体モデルとMDで差異が見られる場合,モデルの相互作用項やパラメータを修正し,精緻化を進めていく.構築した平均場格子気体モデルを用いて,MPL・触媒層内部における相変化シミュレーションを行い,続いてDSMC法を用いて酸素・窒素の相互拡散シミュレーションを行う.最終的には,MDによる単純メソ細孔内の吸着・脱離解析から,平均場格子気体モデル・DSMC法による大規模実構造内部での解析まで,シームレスに接続する一連の解析手法を提示する. なお,MPLよりも小さな細孔径分布を有する触媒層では,毛管凝縮の影響がより顕著になると考えられる.今後,技術研究組合FC-Cubicと共同で,集束イオンビーム―走査電子顕微鏡装置を利用して,触媒層の構造データを取得する予定である.具体的には,集束イオンビームを用いて,断面材料を一定ピッチで切り出しながら,走査電子顕微鏡による断面撮影を繰り返すことで,三次元構造データを取得する.本手法を用いて,一辺6 nm程度のボクセル解像度で,一辺6 um程度の実構造データを取得できる見込みである.また,一連の解析の妥当性検証に必要なMPL・触媒層の吸着等温線・酸素拡散抵抗の実験値取得に関しても,技術研究組合FC-Cubicと共同で進める.
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していたワークステーション及びストレージシステムの購入を取りやめ,既設のクラスタ計算機及び東京大学情報基盤センターのスーパーコンピュータを代わりに使用したため.また,今年度は日本開催の国際学会への参加が多く,旅費を節約できたため.
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次年度使用額の使用計画 |
国際学会への参加,原著論文の英文校閲サービス,東京大学情報基盤センターのスーパーコンピュータの使用料として充当する.また,今年度見送ったストレージシステムの導入を次年度に行う.
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