水中音響通信は自律型無人潜水機(AUV)や遠隔操作無人探査機(ROV)のデータ収集や遠隔制御などに利用される。水中音響通信の性能はマルチパスやドップラーシフトに影響されるため、安定した通信を実現するにはこれらの対策が不可欠である。最近の水中音響通信では周波数利用効率の高い直交周波数分割多重方式(OFDM)が利用されている。OFDMはマルチパスに対して強いが、ドップラーシフトが発生しているときはスペクトラムが隣接する信号同士が干渉し、復調精度が劣化する問題がある。従来のドップラーシフト対策ではドップラーシフト量に応じて受信信号を時間伸縮させて元の信号に戻すリサンプリングによる補償処理を行う。ただし、ドップラーシフトばらつきや時間変動の影響を受けて補償性能が低下する問題があった。 本研究ではドップラーシフトばらつきを考慮したドップラーシフト推定や補償法について新しい手法を提案し、平成29年度は通信装置が加速運動や不規則運動したときのドップラーシフトばらつきが大きい条件下での通信試験評価を行い、本手法の有効性を確認した。平成30年度は実海域試験の結果を通信シミュレーション上で再現するための音波伝搬モデリングについて取り組んだ。音波伝搬モデリングでは送信機から受信機に到達する音波伝達経路を追跡して音波反射を再現するものである。音響シミュレータ上で海面、海底、岸壁の音波反射率を与え、経路毎のドップラーシフト量の計算し、送信信号の時間伸縮を行った後に全ての信号を重畳して受信信号を生成する。この音響シミュレータでは送信機や受信機の位置、速度、加速度を設定することができ、任意のドップラーシフトを再現することが可能である。音波伝搬モデリングを利用した通信シミュレーションからドップラーシフト発生時の周波数分布やビット誤り率特性を解析し、実測結果と類似した結果を得られることを確認した。
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